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【特集コラム】小田島久恵の“バレエって素敵”<8>

【特集コラム】小田島久恵の“バレエって素敵”

コラム第8回「熊川哲也Kバレエ カンパニー『カルメン』」

カルメン

今年創設20周年のメモリアル・イヤーを迎えるKバレエカンパニー。英国ロイヤル・バレエ団のスターであった熊川哲也が帰国し、自分のカンパニーを創ったのはまだ20代の時だった。バレエ団を主宰しながらみずから主役を踊り、レパートリーを充実させ、付属のバレエ学校も作り、毎回動員数も上げていった。Kバレエは日本のバレエ・カンパニーとして異例のスピードで成長を遂げ、名実ともにスペシャルなバレエ団になった。

Kバレエの何が特別なのか、挙げればきりがない。まず、日本のカンパニーで唯一「座付きオーケストラ」を有する。このバレエ団のためだけに演奏をする専属オケのことだ。シアターオーケストラトーキョーは、Kバレエとリハーサルをし、本番の上演するだけでなく、オリジナル作品をクリエイトするときにも重要な貢献をする。指揮者の井田勝大は、音楽スーパーバイザーとしてもこのカンパニーの一翼を担っているのだ。そして、主役から群舞に至るまでのダンサーたちの素晴らしい個性。コールド・バレエ一人一人が、表現者として自発的で自律的な精神を持っている。Kバレエのコールドは特別な華がある、とよく言われるが、とことん自分の魅力を掘り下げ、欠点もふくめて身体を受け入れ、日々のストイックな稽古に取り組んでいるからだ。男性ダンサーも女性ダンサーも、日本のカンパニーには珍しいほどの強い色香がある。


この3月に上演される『カルメン』は2014年に創作されたKバレエのオリジナルの中でも完成度が高い作品で、ビゼーのオペラ『カルメン』から大きなインスピレーションを受けている。熊川哲也は「ヒロイン・バレエ」の達人なのだ。『シンデレラ』でも『白鳥の湖』でも、見慣れた物語に必ず独自の解釈を入れて、Kバレエだけの徴(しるし)を残す。『カルメン』もまた、彼らだけのユニークなプロダクションで、音楽と物語の構成に強い芯がある。振り付けも優美で妖艶でパワフルだ。

三回目の上演となる2019年版では、ベテランから若手までが主役キャストに配役され、熊川哲也自身がドン・ホセを演じる舞台は早くから大きな話題になっていた。彼が登板する日はもうソールドアウトになってしまったが、久々に監督が全幕ものを踊るということで、カンパニー全体が高揚しないはずがない。カルメンにはベテラン荒井祐子、クレオパトラ役を奉げられた中村祥子、若手の矢内千夏毛利実沙子が配役されている。ドン・ホセは宮尾俊太郎、堀内將平、杉野慧の名前が並ぶ。いずれもこのカンパニーの屋台骨だ。


『カルメン』は世界各国の振付家がバレエ化してきたが、熊川はオペラのカルメンから大きなヒントを得ているという点がユニークだ。今後の新作にはプッチーニの『マダム・バタフライ』も予定されているが、このニュースが入ってきたときはかなり驚いた。クレオパトラに続くヒロイン・バレエ、カルメンに続くオペラ・バレエであるが、これがどのような舞台になるのか、まったく想像がつかない。熊川は、女性の心理を描くことに卓越した才能があり、毎回どのプロダクションでも驚かされるのだが…とても自然にヒロインを造形し、息を吹き込む。バレエファンに、オペラの傑作を紹介する試みにもなるだろうし、犠牲者として描かれることが多い「蝶々さん」に、新しい輝きと誇りを与えてくれることになるだろう。2017年には『クレオパトラ』を初演し、世間をあっと驚かせた。全幕ものでクレオパトラがバレエ化されるのは初めてで、全編にニールセン作曲の音楽を使い、衣裳も装置も驚くようなオリジナルな世界観だった。バレエ台本をゼロから作り上げるというのも、異能の芸術監督・熊川哲也ならではだ。

『カルメン』は久々にドン・ホセを踊ることもあり、再演ごとに改定が加わるバレエがさらにブラッシュ・アップされていることが期待できる。ストーリーテラーとしての熊川哲也の存在感がますます大きくなっているのだ。男と女の死を賭けたドラマを、最新のヴァージョンで観られるのも楽しい。音楽はもちろんシアターオーケストラトーキョーの生演奏で、最高の上演が期待できる。演劇を愛する人、オペラを愛する人にも是非足を運んでほしいと思う。



【特集コラム】小田島久恵の“バレエって素敵”

一度はまったら抜けられないバレエの魔力について、夢やエロスを交えながら語っていく「小田島久恵の“バレエって素敵”」。ぜひあなたもその魔力に憑りつかれてみては?

■コラム第1回 「白タイツはバレエの金字塔」

■コラム第2回 「心も姿も美しい究極のバレリーナ」

■コラム第3回 「マリインスキー・バレエ」

■コラム第4回 「オネーギン」

■コラム第5回 「美しく歪んだ、愛のバレエが上陸」

■コラム第6回 「スターズ・イン・ブルー」

■コラム第7回 「英国ロイヤル・バレエ団」


筆者プロフィール

小田島久恵

小田島久恵/音楽・舞踊ライター

10代でジョルジュ・ドンの魅力に痺れ、ベジャールとクラシック・バレエにはまっていく。大学では美術を専攻し、バレエとパフォーミングアーツについての卒論を書く。
ロック雑誌『ロッキング・オン』の編集部に就職した後も、国内外のバレエ公演に出没。
パリ・オペラ座バレエ、英国ロイヤル・バレエ、ハンブルク・バレエ団、アメリカン・バレエ・シアタ―、ボリショイ・バレエ、マリインスキー・バレエがお気に入り。 一度はまったら抜けられないバレエの魔力について、夢やエロスを交えながら語っていきます。


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