クラシック

【特集コラム】小田島久恵の“バレエって素敵”<6>

【特集コラム】小田島久恵の“バレエって素敵”<6>

コラム第6回「スターズ・イン・ブルー」

スターズ・イン・ブルー

© Ashley Taylor


マニュエル・ルグリが選りすぐりのダンサーと、日本人演奏家とともに上演する『スターズ・イン・ブルー』は過去にはなかった新鮮なスタイルのバレエ公演だ。舞台の主役はダンサーだけでなく、ダンサーの動きにライヴで命を与える音楽家たち。通常のバレエのガラ公演とも異なり、演奏家がダンサーと即興的にコラボするインプロヴィゼーションとも違う。ルグリが目指しているのはバレエと室内楽が一体化した、純粋で新しいパフォーマンスの次元だ。

『スターズ・イン・ブルー』に参加するダンサーは、ルグリからの信頼が篤く、踊る姿もパリ・オペラ座黄金時代のルグリを思わせるボリショイ・バレエ団のプリンシパル、セミョーン・チュージン。優雅で完璧なクラシックのテクニックに加え、内面的な演技にも秀でたチュージンは、ボリショイ入団当時は控えめなタイプだったが、ここ数年急速に踊りが洗練され、貴重なダンス―ル・ノーブルとして世界から注目されている。ボリショイからのもう一人のゲストは、オルガ・スミルノワ。名門バレエ学校ワガノワ・バレエ・アカデミーを首席で卒業後、ボリショイに入団し、瞬く間にプリンシパルに上り詰めた若き天才バレリーナだ。ルグリが監督を務めたウィーン国立歌劇場バレエ団でもチュージンとスミルノワはゲストとして繁く招かれ、監督とダンサーとして信頼を高めてきたが、今回は初めてルグリとスミルノワがダンサー同士の立場で踊る。


スターズ・イン・ブルー

(写真左)マニュエル・ルグリ © Ashley Taylor/(写真右)オルガ・スミルノワ © Ashley Taylor


ルグリとスミルノワが踊るのはパトリック・ド・バナ振付の『シルク』(世界初演)。一人のフランス人が、すぐれた糸を吐く特別な蚕を探して日本を訪れ、その地の美しい娘と沈黙の中で見つめ合うだけの恋をする…というストーリーだ。かつて映画化(『シルク』フランソワ・ジラール監督・2007年)もされ.日本でも公開されたが、言葉を交わさない異国人同士の濃厚な「愛の気配」が、バレエではどのような動きで伝えられるのか。ベジャールやジョルジュ・ドンの薫陶を得たパトリック・ド・バナの振り付けに期待が募る。使われるのはグルックとフィリップ・グラス。古きものと新しきものを往来する、スリリングなバレエ音楽になりそうだ。

もうひとつの世界初演は男性ダンサー二人によるデュオ。セミョーン・チュージンがウィーン国立バレエ団の日本人プリンシパル木本全優と組む『鏡の中の鑑』(ド・バナ振付)だ。2017年にプリンシパルに昇格して以来、ウィーンの観衆からも大きな人気と期待を集めている木本。2018年のウィーン国立歌劇場バレエ団の来日公演で、彼の新鮮な魅力に驚いたバレエ・ファンは多かっただろう。『シルク』と同様、この『鏡の中の鑑』でアルヴォ・ベルトの幻想的な音楽をステージで演奏するのは、日本のクラシック・シーンで若手トップの地位揺るぎないヴァイオリニストの三浦文彰。そしてカリスマ的な演奏で高い評価と人気を得るピアニストの田村響。コンテンポラリー・バレエとヴァイオリン、ピアノの新しい相性を、この二つの世界初演作品では発見することが出来る。


スターズ・イン・ブルー

(写真左)木本全優 © Ashley Taylor/(写真右)セミョーン・チュージン © Ashley Taylor


世界初演バレエの間には2017年に新進気鋭の振付家であるナタリア・ホレツナがルグリのために振り付けた『Moment』が上演される…コンテンポラリー作品ではルグリが二作品も踊ってくれるのだ! 音楽はヨハン・セバスチャン・バッハ(ブゾーニ編曲)。ルグリのパーソナリティに触発されて作られたというこのバレエでは、スポットライトを浴びるだけでなく一人人間として生き、人生を受け入れ、若い人々へ芸術の意図を継承しようとする一人の男性の姿が描かれる。ピアノ演奏は、ウィーン国立歌劇場バレエ団の専属ピアニスト瀧澤志野。日常のルグリをずっと見てきた瀧澤がこの作品で共演するのはバレエの内容にとっても相応しい。

クラシックの部では、『白鳥の湖』の第1幕のヴァリエーションが木本全優によって踊られる。ルドルフ・ヌレエフが改訂した振り付けは、華やかさと技術的な水準において他のヴァージョンと一線を画するが、ルグリは若き日にヌレエフから直接指導を受け、この「伝説の振付」を叩きこまれた。そのルグリが木本に継承させたジークフリート王子のヴァリエーションはいかなるものだろう。オーケストラで演奏されることが多いチャイコフスキーの名曲を三浦と田村がヴァイオリンとピアノで演奏する。

『瀕死の白鳥』はサン=サーンスの「白鳥」の短くも儚い音楽に魅せられる。この振り付けを奉げられたパヴロワからプリセツカヤ、ロパートキナ、無数の偉大なバレリーナたちによって踊り継がれてきた名作を、若きスミルノワが踊る。踊るダンサーによって毎回「新しく生まれ変わる」印象のあるこのバレエ、ヴァイオリンとピアノの名手たちの生演奏によって、さらに毎夜「一度きりの」奇跡が見られることだろう。

かつてローラン・プティがデニス・ガニオとドミニク・カルフーニのために振り付けた『タイスの瞑想曲』は、チュージンとスミルノワによって踊られる。ガニオとカルフーニの小さな子供だったマチュー・ガニオが、このバレエの全幕『マ・パヴロワ』に登場していたことを思い出すバレエ・ファンもいるだろう。気鋭の演奏家のサポートを得て、最も美しいロシアのダンサーが娼婦タイスの回心をテーマにした音楽を踊る。これ以上のものはない…とつぶやいてしまいそうになる、深い余韻が漂うパ・ド・ドゥになるはずだ。

池袋の東京芸術劇場がこのような形でバレエ&コンサート公演を行うのは初めてのことだという。あの美しい装飾のパイプオルガンが、照明をともなって独特の舞台効果を醸し出すに違いない。そして何より、ルグリその人の舞台姿をたくさん見られるという幸福。54歳になったマニュエル・ルグリはオペラ座のエトワールになった20代の頃に、今の自分を想像していただろうか? 全く、人生は予測不可能な旅なのだ。未来を担う才能ある芸術家たちとともにルグリが届けてくれる、バレエと音楽のプレミアムなプレゼントだ。



スターズ・イン・ブルー

(写真左から)ルグリ&スミルノワ © Ashley Taylor/木本&チュージン © Ashley Taylor/三浦文彰 ©Yuji Hori/田村響 ©武藤 章




【特集コラム】小田島久恵の“バレエって素敵”

一度はまったら抜けられないバレエの魔力について、夢やエロスを交えながら語っていく「小田島久恵の“バレエって素敵”」。ぜひあなたもその魔力に憑りつかれてみては?

■コラム第1回 「白タイツはバレエの金字塔」

■コラム第2回 「心も姿も美しい究極のバレリーナ」

■コラム第3回 「マリインスキー・バレエ」

■コラム第4回 「オネーギン」

■コラム第5回 「美しく歪んだ、愛のバレエが上陸」

■コラム第7回 「英国ロイヤル・バレエ団」

■コラム第8回 「熊川哲也Kバレエ カンパニー『カルメン』」


筆者プロフィール

小田島久恵

小田島久恵/音楽・舞踊ライター

10代でジョルジュ・ドンの魅力に痺れ、ベジャールとクラシック・バレエにはまっていく。大学では美術を専攻し、バレエとパフォーミングアーツについての卒論を書く。
ロック雑誌『ロッキング・オン』の編集部に就職した後も、国内外のバレエ公演に出没。
パリ・オペラ座バレエ、英国ロイヤル・バレエ、ハンブルク・バレエ団、アメリカン・バレエ・シアタ―、ボリショイ・バレエ、マリインスキー・バレエがお気に入り。 一度はまったら抜けられないバレエの魔力について、夢やエロスを交えながら語っていきます。


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