クラシック

【特集コラム】小田島久恵の“バレエって素敵”<3>

【特集コラム】小田島久恵の“バレエって素敵”<3>

コラム第3回「マリインスキー・バレエ」

マリインスキー

©N.Razina


11月に3年ぶりの来日を果たすロシア・バレエの美の殿堂・マリインスキー・バレエ。2018年は振付家マリウス・プティパ生誕200周年のメモリアル・イヤーで、プティパのホームでもあったマリインスキー劇場では、これを盛大に祝っていた。来日公演では『白鳥の湖』と『ドン・キホーテ』を全幕で上演するけれど、どちらも原典はプティパの振付。6月のサンクトペテルブルクで『ドン・キホーテ』のほうを一足先に観ることが出来た。


『ドン・キホーテ』は色々な演出ヴァージョンがあるけれど、マリインスキー版はとにかく舞台が美しい。村娘キトリがドゥルネシア姫となって(一人二役)ドン・キホーテを誘う幻想の国のシーンは、海底の王国として描かれることが多いけれど、マリインスキーでは、春夏秋冬をあらわすカラフルなコスチュームのバレリーナたちがいる神秘的な楽園のような素敵な場所になる。夢の世界であり、色と光の世界であり、そこにいるダンサーも人間とは思えない。


このバレエが特徴的なのは、タイトル・ロールの騎士ドン・キホーテはほぼ出づっぱりで舞台にいるのに、ほとんどマイム(芝居)だけで脇役扱いであること。活躍するのはキトリと恋人のバジルで、老いたドン・キホーテにはスポットライトが当たらないのだ。


照明が当たらなくても、バレエの舞台では一人一人が見たいものを見ることができる。オペラグラスを使えば、カメラのクローズアップのように使うことも出来る…そこで、センターで演じられる華やかなバレエだけでなく、ドン・キホーテその人も見てほしいのだ。絶対感動が倍になる。


©N.Razina

©N.Razina


風車に向かって突進する誇大妄想狂として戯画的に描かれることもあるドン・キホーテ、マリインスキーではもっと繊細で含蓄のある役として演出が行われている。ドン・キホーテは村娘キトリを見て、ひとめで恋に落ちて王妃と出会ったように礼儀正しくダンスを申し込むが、そのときに踊るメヌエットはなんとも物悲しく、詩のよう、若いキトリは決して年を取った自分に恋をしてくれないことは分かっている。それでもドン・キホーテは騎士として礼節を守り、優しい視線を注いで彼女と踊る…どのシーンを見ても、ドン・キホーテの芝居は丁寧で感情が込められている。


マリインスキー・バレエではキャラクター専門のダンサーがこれを踊るが、現地ではソスラン・クラエフという長身のプリンシパル・キャラクター・ダンサーが踊っていた。前回の来日公演では『ロミオとジュリエット』でジュリエットのお父さん役を演じていた人だ。彼が、この役でなんともいえない至芸を見せた。大きな手が特徴的で、その手でさまざまな切ない感情を表現する。ドン・キホーテは生粋の詩人で、心の中はまだ青年…というか少年なのだと思った。マリインスキーには演劇専門の指導者もいて、こうした地味な役に関しても一流の演出の歴史がある。ソスラン・クラエフは来日公演でもドン・キホーテを演じると思うので、オペラグラスで見てほしい。


センターで火花のようなテクニカルな踊りを繰り広げるペアはトリプル・キャスト。若手の活躍もめざましく、シャキロワ&スチョーピンのフレッシュ組は特におすすめです。


©瀬戸秀美

©N.Razina



【特集コラム】小田島久恵の“バレエって素敵”

一度はまったら抜けられないバレエの魔力について、夢やエロスを交えながら語っていく「小田島久恵の“バレエって素敵”」。ぜひあなたもその魔力に憑りつかれてみては?

■コラム第1回 「白タイツはバレエの金字塔」

■コラム第2回 「心も姿も美しい究極のバレリーナ」

■コラム第4回 「オネーギン」

■コラム第5回 「美しく歪んだ、愛のバレエが上陸」

■コラム第6回 「スターズ・イン・ブルー」

■コラム第7回 「英国ロイヤル・バレエ団」

■コラム第8回 「熊川哲也Kバレエ カンパニー『カルメン』」


筆者プロフィール

小田島久恵

小田島久恵/音楽・舞踊ライター

10代でジョルジュ・ドンの魅力に痺れ、ベジャールとクラシック・バレエにはまっていく。大学では美術を専攻し、バレエとパフォーミングアーツについての卒論を書く。
ロック雑誌『ロッキング・オン』の編集部に就職した後も、国内外のバレエ公演に出没。
パリ・オペラ座バレエ、英国ロイヤル・バレエ、ハンブルク・バレエ団、アメリカン・バレエ・シアタ―、ボリショイ・バレエ、マリインスキー・バレエがお気に入り。 一度はまったら抜けられないバレエの魔力について、夢やエロスを交えながら語っていきます。


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