医師免許をもちながら、ヴァイオリニストとして歩む道を選ぶという異色の経歴でも注目される、石上真由子。2018年、自らプロデュースするアンサンブル・アモイべを開始。さまざまな編成のアンサンブルで攻めたプログラムを取り上げ、既存の枠にとらわれないコンサートを展開して、4年目を迎える。この企画は、ヨーロッパで体験した演奏会のあり方に刺激をうけたことがきっかけでスタートしたという。
大学卒業を目前に、ぎりぎりのタイミングで研修医をしないと決めて音楽の道に進んだので、最初の年はほぼ演奏会の依頼がありませんでした。こんな状況でいいのかと自問自答する中、フランスの知人から遊びに来たらと誘われたんです。現地でいくつか個人宅でコンサートを開いてもらったのですが、その日常性や気軽さに、演奏会ってこれでいいんだと気がついて。向こうにいるうちに準備を進め、帰国してすぐ、演奏会をスタートさせたのです。
思いついたらすぐに動くタイプだという。
あまり考えずにやってしまいますね(笑)。そもそもアンサンブル・アモイべは実験所のようなところがあります。日本では有名な曲をやらないと集客できないといわれがちですが、だからといってそれに合わせているのは違うと思うんです。逆にお客さまに、知らない曲を知りたいから行ってみようというマインドを育てるほうに進むべき。これが地元京都の公演ではうまく浸透し始めていて、最近は“もっと知らない曲を教えて!”とおっしゃる方も増えました。
これまでは石上や共演者が裏方の作業も手がける形で開催してきたが、今回、日本コロムビアの主催により、東京、王子ホールで公演を行うことになった。共演は、ホルンの福川伸陽とピアノの山中惇史。ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番、ホルン三重奏曲に加え、リゲティのホルン三重奏曲、川島素晴「Paganini Ride in a Time Machine」が演奏される。
すごいプログラムになってしまって(笑)。福川さんは、私が2位に入賞した2008年の日本音楽コンクールホルン部門で優勝されていて、受賞者演奏会で話す機会がありました。その後10年ぶりでお会いして、共演しようという話になったのです。
福川もまた石上と同様「なんでもやってみようというタイプ」だという。
まずブラームスが決まり、他を考えていた時、“川島さんに委嘱した作品があるのと、リゲティのホルン三重奏曲はやったことがないけれど譜面を持っているから、やってみよう”と言われて。私は誰かがやりたいと言うと、曲を聴く前にゴーサインを出してしまうほうで、すぐに決まりました。……それで今、大変すぎて譜面を前に苦しんでいます(笑)。
川島作品は録音もなく、ほとんどの聴衆が初めて耳にすることになる。
福川さん曰く、パガニーニがタイムマシンに乗ったらこういう音楽ができるだろうという作品。『24のカプリース』第24番をモチーフに、シューベルトやメシアン、ライヒ、リゲティなど、さまざまな作曲家風の音楽で時代をめぐります。川島さんは外見は落ち着いていますが、妄想や空想の世界に住んでいて、少しクレイジーさを持ち合わせている印象。この作品はその意味で川島さんらしく、いい意味でやりたい放題で、聴いていてクスッと笑えるところもあると思います。
奏者にも予測不能な演奏会。聴衆は何に期待したらよいだろうか?
唯一王道のブラームスは、極上のホルン奏者の演奏で聴けるのでご期待いただきたいです。リゲティは、珍しい実演の機会にぜひ立ち会ってほしいと思うと同時に、なんとかなりますようにと祈っている自分もいます(笑)。福川さん、山中さんは、人柄も明るく素敵。トークも交えながら進めますので、3人で楽しそうにやっている様子を観にきていただけたら。
自らのヴァイオリンを通じ、「自然の音、空気、風の温かさなど、日常的なちょっとした感覚を引き出し、記憶の欠片と結びつけるような音楽を届けたい」と話す。アンサンブル・アモイべはこれからも姿を変化させながら、心や記憶に触れる多様な音楽を届けてくれるだろう。今後の展開にも注目したい。
インタビュー・文/高坂はる香