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【特集】ローマ歌劇場2018年日本公演『椿姫』『マノン・レスコー』を100倍楽しむ方法<3>

【特集】ローマ歌劇場2018年日本公演『椿姫』『マノン・レスコー』を100倍楽しむ方法<3>

★目次★

その① 理性的なヒロインの悲劇 こちら

その② 椿姫とヴァレンティノ こちら

その③ 空前の『マノン・レスコー』ブームが到来 こちら

その④ 美貌が憎い! こちら

文/小田島久恵


その⑤ ★女性演出家が描き出す女性の物語★

ローマ歌劇場

2018年のローマ歌劇場来日公演で上演される『椿姫』(ヴェルディ)『マノン・レスコー』(プッチーニ)は、どちらも女性が主人公で、ともに女性の演出家が手掛けている。「女医」や「女性作家」が差別用語だとする人々がいたとしても、実際のところ女性の指揮者や演出家はまだまだ少ないのだから、二つとも女性演出家によるオペラの引っ越し公演となると、珍しい部類に入るのではないか。

もっとも、演出家という仕事は、性別による適性の差はないとも思う(個人的な見解だが、指揮者は男性脳のほうが向いていると思う)。演劇の世界、男性の心も女性の心も等しく理解していなければ芝居作りは出来ないのだから、演出家の頭を割ってみると、皆どこか中性的なつくりになっているはずなのだ。男性のオペラ演出家も、私が会ったことのある人々は皆、「女性よりも優しいのでは?」と思ってしまうほどきめ細やかで温かい人ばかりだった(運がよかったのかも知れない)。

『椿姫』の演出は映画監督のソフィア・コッポラ。もうほとんどの人が忘れているかも知れないが、彼女自身のキャリアのスタートは女優だった。その点で、女優の心がよくわかっている人である。元祖「ガーリー映画」の代名詞の監督だが、イタリアの血をひくソフィアにとって、イタリア・オペラは身近な世界だったはずだ(お父さんの映画にもたくさんオペラが出てくるし)。

ソフィア・コッポラの『椿姫』は、すでに映画として公開されているが、「映像の人だな」と思ったのは、歌手たちの仕草や目線などがとても細やかで自然で、大げさなところが全くない点。美術・装置の美しさは息をのむほどで、ヴィスコンティなどのイタリア映画の、ある種の貴族趣味が感じられる。ちょうど今年6月には、大作曲家ワーグナーの子孫であるカタリーナ・ワーグナーが、斬新で衝撃的なベートーヴェン『フィデリオ』の新演出を日本で制作していったが、ドイツとイタリアの違いとはこういうことか…と思う。
『椿姫』はヴィオレッタのサロンをはじめとする舞台美術も圧倒されるようだが、ヴァレンティノがデザインしたドレスもひたすら豪華な美・美・美…を表現していて、目の喜びを駆り立てる。ここにも、オピュレンス(目の歓喜)を追究したフランコ・ゼッフィレッリと同じイタリアの精神を感じる。演出家にはキャスティング権があるので、主役のフランチェスカ・ドットもソフィアの作品の一部といえるかも知れない。この方、姿も美しいがずば抜けて知性的な歌手で、演技もベタベタしないモダンな清潔感がある。舞台稽古でも彼女の爽やかな「賢さ」が空間全体を調和のとれたものにしていた。映画で観るのとオペラで観るのとでは格段に違うフレッシュな要素がたくさんあるプロダクションなのだ。

椿姫
©Yasuko Kageyama/TOR
マノン・レスコー
©Silvia Lelli / TOR

『マノン・レスコー』の演出はキアラ・ムーティが手掛ける。ご存知の通りオペラ指揮の帝王リッカルド・ムーティの娘さんで、日本で彼女の演出を見られるのは恐らくこれが初めてなのではないか。記者会見では、プッチーニがマスネの『マノン』を見て感動し、このオペラを作ったこと、フランス・オペラは壮麗で、イタリア・オペラはエモーショナル、といったことが語られたが、そこで連想したのは映画『シェルブールの雨傘』と『ひまわり』だった。戦争によって引き裂かれたカップルを描いていながら、カトリーヌ・ドヌープ主演のミュージカル映画はとても淡々としていて、ソフィア・ローレン主演のメロドラマはすべての瞬間に号泣をそそる。キアラはまた「1700年代の物語に砂漠が登場すること」の重要性も語ってくれた。マノンは売春の罪で国外追放されるが、当時の最果ての地であったニューオーリンズに流され、そこから脱出して砂漠をさまよいながら朽ち果てる。愛する二人の「砂漠での最期」という設定を、非常にインパクトの強いものとして見せてくれそうなのだ。主演のクリスティーネ・オポライスは「信じがたいほどの女優」で、キアラが芝居をつける中で何度も感動してしまったという。オポライスは今や21世紀のプッチーニ・ディーバと呼ぶべき存在で、METやヨーロッパの有名歌劇場で数多くのヒロインを演じている。『マノン・レスコー』も複数の演出で演じており、中にはネトレプコが演出上の理由で降板した「問題作」もあったが、このオペラに関してはエキスパートの域に達している。そのオポライスが「最高のヴァージョンで数えきれないことを学んだ」と語るのが、キアラ・ムーティ版なのだ。

愛の物語、と一言に言うけれど、愛は素晴らしく、そして恐ろしい。『椿姫』も『マノン・レスコー』も女性は最初豪奢な生活を求め、途中で真実の愛に目覚めて、それが原因で死を迎える。女は愛から逃げることは出来ず、愛はもとの自分を完全に変形させてしまう威力をもつ…。心の内側で燃え盛る女性の情熱を描いた二つのヒロイン・オペラを上演するローマ歌劇場。女性はもちろん「愛ってなーに」と思っている男性にも観ていただきたい。オペラは愛の学校なのだ。

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筆者プロフィール

小田島久恵

小田島久恵

音楽・舞踊ライター。
クラシック、オペラ、バレエ、演劇をメインに指揮者、演奏家、ダンサー、振付家、オペラ演出家にインタビューを行っている。ほぼ毎日、東京で行われるオーケストラ公演とリサイタルに出没しています。
著作に『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のススメ』(フィルムアート社)

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