【インタビュー】浅野いにお
アイデアひとつで新しいものが作れるんだと感じられると思う。
宮崎あおい主演で映画化され大ヒットした『ソラニン』や、累計発行部数270万部を超えた『おやすみプンプン』など、一度読んだら忘れられない珠玉のマンガを生み出し続ける浅野いにお。画業20周年を記念した大規模展覧会が東京・池袋のサンシャインシティで開催される。
「何かやりたいと思っていましたが、ここまで大きな規模になるとは(笑)。僕のマンガは日常を描いたものが多いのでイベント向きではないんですよね。ただ、自分自身で20年を振り返ってみると、けっこう大きな変化をしてきているなと。展覧会ではそれを直列に並べてみようと思っています。とにかく物量だけは増やす方向で(笑)」
自身のことを〈90年代式の作家〉と称する浅野いにおが、2018年の現在に展覧会をやることには大きな意義がある。
「この10年くらいで電子書籍とかSNSの影響もあって、マンガ家も増えたし、みんな物を作れる時代になってきた。だけど、僕の考え方とか単行本を売る発想はやっぱり〈90年代式〉なんです。今回の展覧会は、そんな〈90年代式の作家〉の一区切りって感じがします」
大きな会場を自在に使った立体的な展示方法にも注目が集まる。出版社の枠を越えた原画が揃ったり、インタビュー映像や、作品で登場人物たちが着ている洋服なども展示予定。作品にまつわる様々な事象を見ることで、この20年間の風俗や時代性も浮き彫りになるところも見どころだ。
「僕のマンガ家のスタンスとして、自分を中心とした“世間”があって、そのなかの“時代性”をつまみ食いしてやっているタイプの作家だと思っています。なので、作品ごとに付随するアイテムやファッションがそれぞれで違います。そういったものも同時に展示できれば、なんとなく時代の流れもわかるんじゃないかなと」
浅野いにおは早くから、写真をPCに取り込んで背景処理するなど、デジタルを取り入れた作風でも知られる。展示される“原画”にも注目だ。
「マンガを描くとき、最初に写真を取り込んでデジタル加工で絵になじむように調整して、そのあとに手で描きこんでくんです。なので、アナログの手描き原稿が存在するんです。今回は完成した原稿とアナログ原稿も展示します」
今後、マンガ業界はフルデジタルでの作業になっていくのは明白。原画を目にする機会は貴重になっていくかも。
「今はデジタルとアナログの折衷案みたいな描き方をしていますが、僕自身、次の長期連載をやるときにアナログを使うかといえば使わない可能性があります。原画が存在しているのはタイミング的に最後かもしれないので見てもらいたいです」
20年の歳月は作家はもちろん、読者にとっても長い期間だ。
「あっと言う間の20年でした。僕は今、38歳ですが、30歳くらいの頃がいちばん忙しくて、その頃の記憶が机に向かっている景色しか存在しないんです。景色がずっと一緒だから何があったか憶えていない。自分のマンガを読み直して、この頃の自分はこんなことを考えていたんだって思い出すくらい」
時期的には『ソラニン』が映画化され、『おやすみプンプン』が中盤を迎えている頃。当時は取材や執筆に追われていて、寝る時間もほとんどとれなかったそうだ。一方で、〈売れる〉ことに固執しすぎていた時期だったとも。
「あの頃は読者の反応を受け取る手段も少なかったんで、もっと売れなきゃヤバいって自分自身のプレッシャーがあったんです。編集者から〈売れていますよ!〉と言われても、信じられなくて凄くストレスを溜めていました」
そんな気持ちに変化が起きたのが、もっとも忙しい季節を送っていた30歳の頃。
「これ以上、自分のマンガが売れないってことに気づいたんです。マンガって基本的に描けば描くほどうまくなるものなので、自分としては過去作よりもいちばん新しいマンガのクオリティが高いはずなんです。だからといって読んでもらえるわけじゃないと気づいたときに、売れる、売れないで価値を決めちゃうと、自分の作品は今後、成立しなくなっちゃうなと。自分が満足できる作品を作ろうと思えるようになったのが30代です」
今のファンだけでなく、過去作を読んでいた人も満足できるのが今回の展覧会だ。
「ずっと僕のマンガを読んでくれている人はもちろん、今、『ソラニン』を描いていたマンガ家がどういう状態になっているのか確認しに来てくれてもいいですし、マンガ家を目指している人や物を作りたいって思っている人が見てくれたら、アイデアひとつで新しいものが作れるんだって感じられると思う。とにかく見に来てほしいです」
プロフィール
アサノ イニオ
'80年茨城県生まれ。'98年にデビュー。代表作は『ソラニン』、『おやすみプンプン』。現在は、『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』を連載中。
展覧会情報
画業20周年記念企画 浅野いにおの世界展~Ctrl+T2~
開催日時
12/21(金)~'19/1/14(月・祝)12:00~19:00
※最終入場18:30
※休館=12/31(月)、1/1(火・祝)
会場
池袋サンシャインシティワールドインポートマートビル4階展示ホールA
インタビュー・文/高畠正人
写真/山本倫子
構成/月刊ローチケ編集部 12月15日号より転載
※写真は本誌とは異なります