バルトーク国際コンクール2023(ハンガリー)で第2位、そして今年6月、第20回記念ハチャトゥリアン国際コンクール(アルメニア)で優勝を果たし、2つの特別賞も獲得するという快挙を成し遂げたヴァイオリニスト・関朋岳。年内11月には東京、12月には神戸で、ピアニスト・北端祥人と共に、優勝記念リサイタルを開催する。
事務所への所属やリサイタルの開催など、さらなる飛躍の最中にありながら、「まだまだ勉強を続けたい」と意気込みを見せる関。今回のリサイタルの選曲への思い、フランス留学・コンクールなど海外で得たもの、ハチャトゥリアンやバルトークらの音楽が見せる「生々しさ」など、気になることばを多く語ってくれた。
コンクールや留学、海外で触れたものを見せたい
――早速ですが、今回のリサイタルの選曲の意図について教えていただけますか?
留学やコンクールなど、海外で僕が触れたものを聴いていただきたいです。コンクールの課題曲だったバルトークとハチャトゥリアン、彼らに関連した、民族的な表現のある作品としてラヴェルの《ツィガーヌ》を選びました。バッハは、どのコンクールでも当たり前のように弾いていますが、ここ1年間で取り組み方が変わってきています。
――どのような変化でしょうか?
以前はメロディックに、歌うように演奏していましたが、今は歌うと同時に、しっかりした土台の上で美しい建物を構築していくような、冷静な作り方もできるようになりました。僕が師事している先生方はバッハが得意なので、その影響が大きいですね。
――今回のプログラムは、関さんのヴァイオリニストとしての幅広さ、音楽の豊かさが存分に味わえる内容ですね。とくにおすすめしたい聴きどころはありますか?
今回は、バルトークの比重が大きいプログラムです。バルトークの作品は、僕自身ハンガリーに行って、本物に触れて、コンクールで現地の人にも認めてもらったレパートリー。本場から持ち帰ってきたものを、みなさんにお見せしたいです。
バルトークやハチャトゥリアン、民族的な音楽が持つ「生々しさ」
――「民族的な音楽に興味を持っている」と以前お話されていましたが、それはなぜでしょうか?
バルトークもハチャトゥリアンも、一見すると接しづらいのに、ツボにはまると楽しくなってくるんです。彼らのリズム感や響きを表現できたとき、自分の中で何かが熱くなる。突き詰めれば突き詰めるほど出汁が出てくる。そういう魅力があります。
――バッハの音楽と民族的な音楽の違いを、関さんはどうとらえていますか?
生々しさがまったく違います。民族的な音楽は庶民性があって、人間味が強い。たとえばハチャトゥリアンの生々しさは、えぐみのようなもの、土臭さ……ストレートに気持ちを表現できる、というか。反面、バッハの音楽は教会の音楽です。人の感情は先行しません。昇天するような、なにかに包まれるような感覚があります。
――民族的な音楽の「生々しさ」、とても興味深いです。同年代・同じく旧ソヴィエトで活躍していたプロコフィエフやショスタコーヴィチらと比べると、ハチャトゥリアンの楽曲は、日本ではまだ一部しか愛聴されていない印象があります
僕も最初、知識がなく、いわゆる聴きやすい曲が多い作曲家なのかな、と思っていました。ですが今回、コンクールに向けて調べてみたところ、自分の個性を音楽に乗せながら、いかに民族性を反映させるか、常に考えている作曲家だとわかりました。彼の音楽には、いつもアルメニアや民族へのリスペクトがある。聴きやすさというシンプルな魅力の裏側に、ハチャトゥリアン自身の個性と、国へのリスペクト、三つの要素がミックスされていることが、彼のすごいところなんです。
たぶん、日本人が想像するより、ハチャトゥリアンはヨーロッパで評価されているのではないでしょうか。ハチャトゥリアン自身、生前からプロコフィエフやショスタコーヴィチと比べられる立場にあったでしょうし、彼らと同じものを作っていては駄目だ、という考えもあったかもしれません。でもハチャトゥリアンらしさは、たしかに存在しています。
バルトークは「響き」のアンサンブルを楽しみに
――今回の聴きどころとおっしゃっていたバルトークの作品ですが、とりわけ《ヴァイオリンとピアノのためのソナタ》は、ヴァイオリンはもちろんピアノも難易度の高い曲ですよね?
北端さんは本当に大変だと思います(笑)。北端さんとはこれまで何度か共演しているのですが、とにかく和声感や響きをコントロールできるピアニストで、ソロはもちろん、室内楽的な魅力をずっと感じています。本来、ピアノは弦楽器のように音程を変えられませんが、北端さんなら、自在に操れるのではないでしょうか。北端さんとの響きのアンサンブルは、今回とても楽しみにしていることです。
――バルトークの「響き」のアンサンブルとは、どんなものでしょうか?関さんのおっしゃっていた生々しさや、アグレッシブなイメージも強い作曲家ですよね?
おっしゃる通り、バルトークの音楽にはアグレッシブな部分も多いかもしれません。でも、ソナタの第2楽章には、不安げな和声の響きの中に、透明感が漂います。最初は難解かもしれないけれど、聴き慣れると美しさや格好良さに気づいていく。バルトークの楽曲は、聴き込めば聴き込むほど楽しめる作品です。今回は1回しか弾けませんが(笑)。
――フローリン・シゲティ先生(※1)に師事した理由にも、バルトークやハンガリーのルーツを継いでいることが関係しているのでしょうか?
(※1)……フローリン・シゲティ。エネスコ弦楽四重奏団の2ndヴァイオリン。現在、エコール・ノルマル音楽院で教鞭を振るう。ハンガリーのヴァイオリニスト、ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)が大おじにあたる
フランス留学に向けてリサーチしていたころ、ヴァイオリニストの成田達輝さんと共演する機会がありました。成田さんはフローリン先生に師事していて、「とてもよい先生だよ」とすすめてくださったんです。僕自身、成田さんの演奏スタイルをリスペクトしていたので、それが最終的な後押しになりましたね。
実際、フローリン先生はバルトークの《ラプソディ》をどう弾くべきか、しっかり頭に入っていらっしゃいます。ハンガリー人にしかわからないリズムや語法、バルトーク自身が求めていたものを、フローリン先生はヨーゼフ・シゲティから受け継いでいるんです。
――それでは最後に、今後の関さんの展望をお聞かせいただけますか?
世界中を回る音楽家になりたいです。いろんな国に行って、その国の民族性や個性を知りたい。現地の演奏家やオーケストラの演奏を聴いていると、リズム一つとっても、レベルの高さを痛感します。僕も何とかそこに食らいついていきたいし、彼らと一緒にハイレベルな演奏をしたいです。
取材・文/加藤綾子