クラシック

【インタビュー】福間洸太朗│ピアノ・リサイタル ーストーリーズー

【インタビュー】福間洸太朗

【インタビュー】福間洸太朗

今年、日本デビュー20周年を迎えるピアニストの福間洸太朗。20歳でクリーヴランド国際コンクール日本人初の優勝およびショパン賞受賞。これまでにカーネギーホール、リンカーンセンター、サントリーホールなどでのリサイタルの他、クリーヴランド管、イスラエル・フィル、NHK交響楽団など著名オーケストラと多数共演。今秋には全国10カ所で日本デビュー20周年記念リサイタルツアーを開催する。公演を控えた彼が、プログラムにこめた複数の〈ストーリー〉について語ってくれた。


――今回、一部地区のリサイタルでは「ストーリー」がテーマですね

前半はショパンの作品をつなげて一つのストーリーを描き、後半はそれぞれストーリー性の高い曲を組み合わせました。
20周年の節目ですから、まず私にとって大切な作曲家であるショパンは取り上げたいと思いました。さらに名前の洸太朗の洸の字に由来し、私がライフワークとしているテーマ、「シマリング・ウォーター(煌めく水)」に関連するスメタナの「モルダウ」も絶対に弾きたい。この二つを軸に、これまでの活動を通じて培ったいろいろな面、複数のテーマを聴いていただけるプログラムを組みました。


――前半のショパンのストーリーはどのようなものですか?

ショパンの時代のポーランドは隣国の支配を受けていました。英雄ポロネーズ、葬送ソナタ、幻想ポロネーズという流れで、祖国や愛する人のため戦う英雄の人生と死のストーリーを描きます。
ショパンもポーランド人として、ウィーンで肩身の狭い思いをした時代がありました。自国に誇りとアイデンティティを持つことは大切ですが、それゆえ、他国との対立が生じてしまう。
温かい心で異なる文化を受け入れる感覚が広がってほしいですが、現実は複雑化しています。その問題は、昔も今も共通するものがあるのではないでしょうか
ショパンは、私がピアノをこれだけ好きになった理由だと言っても過言ではない存在です。「英雄ポロネーズ」は、手がオクターヴに届かないうちから母に頼み込んで楽譜を買ってもらった憧れの曲でした。NYデビュー、日本デビューでも弾いた『幻想ポロネーズ』と同様に何度も弾いていますから、今では余裕を持っていろいろな表現ができるレパートリーです。
一方、「葬送ソナタ」は20年前に一度取り組んだにもかかわらず、本番で弾いたのはようやく2年前、39歳の時だったレパートリーです。39歳はショパンが亡くなった歳でもありますが、その時感じた自分の死生観を投影してようやく作品に対峙できました。全4楽章の構成も特異で、あの独特のフィナーレにどうつないでいくのか、神経を張り巡らさなくては弾けない曲です。



――後半は、野平一郎さんの新作にはじまり、ワーグナーのオペラ『トリスタンとイゾルデ』、ドビュッシーのバレエ「牧神の午後への前奏曲」、そして「モルダウ」とピアノ編曲作品が並びます

野平先生の「水と地の色彩」は、やはり「シマリング・ウォーター」をテーマとした曲で、フランスの日本文化会館で6月に行われるリサイタルのため、日仏現代音楽協会の委嘱という形で書いていただいた作品です。この作品はどちらかというと自然の厳しさを描いていますが、サントリーホールのような音響で聴くと、ダイナミクスや水と地の対比を存分に味わえると思います。
続くワーグナーは、もともと私にとって少し遠い存在だったのですが、ドイツのマネージャーから「トリスタンとイゾルデ」について熱弁されたのをきっかけに、徐々に近づいてきました。今年3月には小林沙羅さんと「ヴェーセンドンク歌曲集」を共演しましたが、これはまさに「トリスタンとイゾルデ」と同時期に書かれた作品です。その公演の翌日に新国立劇場で『トリスタンとイゾルデ』を鑑賞できたことも不思議なご縁だと思っています。
ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」は2年前に一度勉強しましたが、公で弾いていなかったこと、官能的な和声においてワーグナーと共通項があること、そしてパリ留学で培った色彩感を存分に出せることから、この機会にぜひ披露したいと思いました。
「モルダウ」は、私も多くのみなさんと同じく中学校の音楽の授業で聴いた頃から知っていますが、当時は特別関心を持っていませんでした。でもある時リクエストを受け、編曲して弾いたら、そこに世界に通じる特別な郷愁が込められていると改めて感じました。
以前、アルゼンチンのユダヤ・イスラエリ協会でこの曲を演奏したことがあります。イスラエルの国歌にモルダウのメロディに似たモチーフが出てくることもあってみなさん熱狂的に喜んでくださり、主催者の方が涙を流しながら「ありがとう」と言ってくれたことが印象に残っています。
前半のショパンとは違った角度から、ピアノのスケールの大きな魅力と超絶技巧の可能性を感じていただけると思います。



――こうした物語性の強い作品を弾くとき、ピアニストはどんな心情なのでしょうか?感情移入しているのですか?

私の場合、入り込んでいる瞬間はあるけれど、常にどこか冷静さは保っています。曲によっては入りこみすぎると難しいパッセージで指が十分回らないときもありますし、あとはその場のインスピレーションを大切にする意味で、響きを聴き、次の音をどう出すか冷静に考えるところも必要だからです。


――20年を振り返り、今のご活動をどう感じていますか?

2004年のデビュー時は事務所にも所属していませんでしたし、すぐ演奏活動が増えたわけではありませんでした。でもだからこそ自分の研究したいことに時間をとり、日本人作曲家や現代作品などを取り上げる企画もできました。業界の中ではちょっと“異色のピアニスト”に映ったかもしれませんけれど、お客様の求めるものに応えながら、やりたいこともやる今のスタンスを固められたと思います。
今後も名曲と知られざる作品、同時代の作品をバランスよく取り上げ、そうすることで、人間社会における芸術の意味、芸術の発展や自分の成長を意識した活動を続けたいですね。



インタビュー/高坂はる香(音楽ライター)

撮影/千葉 秀河

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