クラシック

【インタビュー】山中惇史│ピアノ・リサイタル「pensee」

【インタビュー】山中惇史

【インタビュー】山中惇史(ピアノ・作曲・編曲)

あるときはピアニストとして、またあるときは作・編曲家として八面六臂の活躍を繰り広げる俊才、山中惇史。東京藝術大学にて作曲とピアノを学び、ヤマハミュージックメディアやカワイ出版から作品を多数出版。アレンジャーとして宮田大や上野耕平ら錚々たる演奏家に楽曲を提供すると同時にピアニストとしても共演を重ね、2020年からは高橋優介とのピアノ・デュオ「176」としても演奏・録音活動に取り組むなど、その快進撃はとどまるところを知らない。
一方で、昨年2月リリースのアルバム『ショパン -旅路-』(COCQ-85602)に代表されるように、ソロでの演奏活動にも力を注ぐ山中は、今年7月12日(金)に大阪・あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールにて、「pensée」(パンセ=フランス語で「想い」)と題されたリサイタルに臨む。そこでは、1685年に生まれた3人の巨匠、バッハ、ヘンデル、スカルラッティの作品に加え、十八番であるショパンの〈ロマンス〉や自作品も盛り込んだ意欲的なプログラムが披露される予定だ。山中が師事するフランスの名ピアニスト、アンヌ・ケフェレックへのオマージュでもあるという今回のプログラム。そこに込められた「想い」について、じっくりと話を聞いた。


◆敬愛する師ケフェレック

――今回のリサイタルは「pensée」と題されていますね。どういった意味が込められているのでしょう?

今の自分にできる音楽の表現と自分自身の「想い」を、1つの物語としてリサイタルで提示したいと考え、そのようなタイトルにしました。


――ウェブ上では「私の敬愛する師、アンヌ・ケフェレックもこの3者のプログラミングで、ここ、ザ・フェニックスホールでリサイタルを開いており、その憧れ、オマージュとも言える」と書かれていましたね。ケフェレックさんにはいつ頃から師事されているのですか?

ケフェレック先生に習いはじめたのは2、3年前のことです。最初にレッスンしていただいたときから、教育や音楽に対する熱量が凄くて、そのお人柄にも魅了されてしまいました。なんとも上品な、気品を感じさせる方で、お家もとても素敵で。レッスンはもちろん、先生その人も大好きになってしまったんです。


――ケフェレックさんのもとではどんなことを学ばれているのですか?

もともと私は古典を学びたいと考えていたんです。ケフェレック先生はそうした分野の大家で、モーツァルトやハイドン、ヘンデル、スカルラッティも教えていただきました。
ケフェレック先生の演奏するプログラムを見ると、いわゆるヴィルトゥオーゾ・ピースのようなものはないのですよね。昔はリストなども弾かれていたのですが、近年は古典派やバロック音楽を演奏されることが多くて。私は今までそうしたジャンルにそこまで興味がなかったのですが、先生のレッスンを受けて初めて、そうしたレパートリーの面白さを身にしみて感じることができました。
バロック音楽や古典派の作品を弾く上では、「音の止め方はこう」「ロマンティックになりすぎないように」「ペダルはなしで」といった約束事(?)と言いますか、呪縛のようなものが個人的にはあったのですが、ケフェレック先生はそういったものから解き放たれたような演奏をするんです。もちろん、彼女が小さい頃から培ってきた技術や様式感といったものが根底に流れているわけですが、「ちゃんとやってます」感がまったくないのですよね。ルバートはするし、ペダルも使う。でもそれが、とても自然に聞こえるんです。(もちろん、バロック音楽、古典派音楽ではルバートしてはいけない、ペダルを踏んではいけない、という意味ではないですよ。)今まで自分が抱いていた古典派像とはまったく別の、そのはるか先を行く新たな演奏方法をごく自然にされていて。そういったアプローチで演奏すれば、こんなに面白く、自由に弾けるようになるんだということに気づいてから、自分の弾く曲のレパートリーもがらっと変わりました。


――リサイタルの演奏予定曲には、まずスカルラッティのソナタが挙げられています。山中さんはSNSで《ソナタ ハ長調》K.420の演奏動画をアップされていましたが、これはケフェレックさんのスカルラッティ・アルバム(MIR265)の冒頭に収められている作品ですね。

そうなんです。この作品もケフェレック先生に習った曲の1つです。リサイタルではもう1曲、《ソナタ イ長調》K.24も弾く予定です。私はApple Musicでピアノ曲を聴き漁るのが好きなんですが、ランダム再生中にたまたまこの曲と出会い、これは面白いぞと思いまして。


――スカルラッティを習う中で、印象に残っているエピソードはありますか?

とにかく「生きいきと歌って」「もっと曲に対するイメージを持って」と仰っていたのが印象的でした。レッスン中は先生も隣でピアノを弾いてくださるので、その演奏にも感化されて。もう言葉はいらない、という感じですね。

◆思い出の〈アフェットゥオーソ〉

――演奏予定のヘンデル(山中編)〈アフェットゥオーソ〉は、ヘンデルの《ヴァイオリン・ソナタ ニ長調》HWV371の第1楽章のことですね。SNSでもずっと弾きたかった曲だと仰っていました

この曲は「スズキ・メソード」の教本に載っている作品で、ヴァイオリンを学ぶ人の多くが通る道なんです。私は中学校入学と同時にヴァイオリンを習いはじめたのですが、あるとき1学年上の先輩がこの曲をピアノ伴奏なしで練習していたんです。第1楽章のヴァイオリン・パートは「レ・ファ・ラ・ミ」と始まりますよね。それを聞いたときに、なんで「レ・ファ・ラ・レ」じゃないんだろうと不思議に思って、楽譜を見たのが最初の出会いでした。教本の伴奏にはロマンティックな和声が付けられているのですが、こんな風になるんだと驚いたことを覚えています。とても印象に残る出会いでしたし、大人になって改めて聴いてもやはり良い曲だなと感じます。


――リサイタルではヘンデル《シャコンヌ ト長調》HWV435も演奏予定ですね

私にとって、ヘンデルはあまり身近な作曲家ではなかったんです。ピアニストにとって重要なバロック時代の作曲家といえば、やっぱりバッハという印象があって。ヘンデル作品で思いつくのも《メサイア》と《水上の音楽》くらいで「鍵盤作品もあるの?」という感じだったのですが、ケフェレック先生がヘンデル・アルバム(MIR010)も録音されていたんですよね。そのCDを聴いて「この曲弾きたい!」と感じたのが《シャコンヌ》でした。それで、思い出の詰まった〈アフェットゥオーソ〉とセットで演奏してみようと思ったんです。

◆シンプルさゆえの面白さ

――ヘンデルの音楽のどんなところに魅力を感じますか?

ヘンデルの音楽はバッハほど深刻ではなくて、とてもシンプルで朗らか。そういうところが私には凄く合っている、というか好きなんです。自分が学んできたバロックや古典派の音楽へのアプローチ方法も活かせると感じています。
例えば、単なる「ド・ミ・ソ」の長三和音であっても、どういう風に弾くか凄く考えるんです。ただの「ド・ミ・ソ」でも自分の中で面白く弾けるようになってきたのが嬉しく、また楽しいんですよね。以前はロマン派作品などの技巧的な難しさを克服することに楽しさを見出していたのですが、本当にシンプルな「ド・ミ・ソ」の世界で、これほどまでに生きいきと音楽を奏でられるんだ、ということに気づいたんです。
《シャコンヌ》も音階を中心とした、シンプルな和音しか出てこない曲ですが、弾き手次第では万華鏡のように次々と新しい世界を提示することができる。演奏が悪いとつまらない曲になってしまう、と言うとヘンデルに失礼かもしれないですけれど、自分なりのやり方や技量によって作品をいっそう輝かせることができると知って、それがもの凄く楽しいという気持ちが芽生えてきたんです。ヘンデルの楽譜には「こう書いておいたから後は任せたよ」というような、最低限のことしか記されていないところもあるのですが、それゆえに自由度が高いので、装飾を加えたり、繰り返しのときに変化を加えるといった工夫も盛り込むようにしています。

◆ブゾーニの「神編曲」

――リサイタルではバッハ(ブゾーニ編)〈シャコンヌ〉も演奏されますね。これはヴァイオリン独奏のための曲を、イタリア出身の作曲家ブゾーニがピアノ用にアレンジした作品です。ご自身でも数多くの作・編曲を手掛けられている山中さんの目から見て、この編曲はいかがですか?

もう神編曲ですね。バッハの〈シャコンヌ〉に関しては、ブラームスによる左手のための編曲が最高と思っていた時期もあるのですが、今は「やっぱりブゾーニだよな」と感じています。
もちろんブラームスの編曲もピアノ曲として書かれてはいるのですが、やはり左手の練習曲という側面が強いと思います。前から思っていることなのですが、ヴァイオリンは左手で指板をおさえて演奏しますよね。この左手で「レ・ファ・ラ」をおさえて鳴らす感覚がとても似ているんです。だから、こちらは編曲の技術云々というよりも、そういったある種の「精神」に重きを置いたアレンジなのだろうなと思います。
一方ブゾーニの編曲は、原曲をリスペクトしながらも、ピアノのための作品として完成されていて、その中で色々な技巧が効果的に使われています。手の運びも自然ですし、全体の流れの中で「山」がうまく作られるように書かれているんですよね。このアレンジは思いつかないです。もし仮に「新しく〈シャコンヌ〉のピアノ・アレンジを書いてください」と依頼されても私には無理ですね。「ブゾーニのものが最高なので、あれを使ってください」って断ります(笑)。


――バロック期の名品が数多く並ぶ一方で、リサイタルではショパン(バックハウス編)の〈ロマンス〉も演奏されますね

私が弾きたいと思う作品は、必ず誰かから影響を受けているんですよね。この〈ロマンス〉は、東京藝術大学在学中に師事していた江口玲先生のレパートリーで、その演奏を聴いて、いつか弾きたいなと思っていたんです。リサイタルでは絶対にショパンを演奏したいと思っていたこともあり、プログラムに加えることにしました。


――思えば、昨年リリースのソロ・アルバムもショパン作品を中心とした1枚でしたね

そうですね。でも、演奏はあの頃よりもずっと良くなっていると思います(笑)。


――楽しみです。最後にリサイタルにいらっしゃる皆さまへメッセージをお願いします

今回は「シャコンヌ」を1つの軸に、前半に長めの曲を、そして後半にはスカルラッティやショパンの小品を演奏して、最後に新作の《夏のシャコンヌ》を弾こうと考えています。取り上げる作品は必ずしも有名曲ばかりではないのですが、面白い曲だな、いい曲だなと感じられる作品だけを厳選しています。というのも、私は本当に興味のある曲でないと練習できないんです(笑)。ヘンデルの《シャコンヌ》をはじめ、一日中弾いていてもまったく飽きないようなお気に入りの曲をたくさん演奏しますので、皆さんにも気に入っていただけたら嬉しいです。


取材・文/本田裕暉



【インタビュー】山中惇史
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