クラシック

【インタビュー】中村滉己│津軽三味線・民謡リサイタル

【インタビュー】中村滉己

【インタビュー】中村滉己

和の伝統を継承しつつも、決してその枠にとどまることなく、独自の視点から新たな民謡・三味線音楽の世界を模索し続ける若き音楽家、中村滉己(なかむら・こうき)。
2003年に民謡一家のもとに生まれ、早くも1歳のときには祖父・中村優利の主宰する優利会チャリティー民謡発表会で舞台デビュー。幼少期より三味線を学び、10代になると数々のコンクールを制覇。2022年には第40回津軽三味線世界大会個人A級、2023年には第20回全国津軽三味線コンクール大阪大会大賞の部でそれぞれ優勝するなど圧倒的な実力を誇る俊英である。
そんな中村滉己が、このたび自身初となるフル・アルバム『民唄 -TamiUta-』をリリースする。それに伴い「津軽三味線・民謡リサイタル ACOUSTICS『RE:DISCOVER 民謡』」と題したリサイタル・ツアーの開催も決定。5月18日(土)の奈良公演を皮切りに、8月25日(日)の東京・銀座王子ホール公演など、全国7か所でのリサイタルが予定されている。
弱冠20歳の現役大学生でありながら、和楽器奏者として、また民謡歌手として時代の最先端を力強く走り続ける中村滉己に、リサイタルの聴きどころや民謡にかける想いについて、たっぷりと話を聞いた。

◆「民謡」を現代の目線で再発見

――今回のリサイタルには「ACOUSTICS『RE:DISCOVER 民謡』」とのタイトルが付けられていますね。命名の理由や全体のコンセプトについて教えてください

まず「ACOUSTICS」には、コンサートホールならではの響きの中で、津軽三味線、民謡、ピアノによる洗練された綺麗な音色、歌声を届けたい。皆様の「耳」と「心」を幸せにしたいという想いを込めています。
そして「RE:DISCOVER 民謡」というタイトルについてですが、今の時代、民謡や三味線といった音楽は、やはりそこまで世の中に浸透していないというのが現実だと思います。同世代の人にとっても「存在は知っているけれど、具体的に何を指すのかわからないもの」みたいな、そういう状況になっていると思ったんです。そこで、もう一度、この令和の時代を生きるZ世代の僕たちが、日本人の「心」であるところの「民謡」を再発見して、自分たちの目線で進化させて皆さんに届けたいと思い、命名しました。


――CD用の音源も拝聴したのですが、素晴らしい1枚ですね。リサイタルの演奏予定曲にも入っている《津軽じょんがら節》や《秋田荷方節》は、いずれも確かな技巧に裏打ちされた安定感のある筆致から始まり、終盤に向けて次第に心地よい熱気が迸ってくる圧巻の演奏でした

《津軽じょんがら節》も《秋田荷方節》も、そもそも曲自体が素晴らしいのですが、演奏するうえでは強弱を意識するようにしています。特にこうした民謡のインスト曲(歌なしで演奏する曲)については、静かに始まって、そこからどんどん盛り上がっていって、最終的には落ち着くといった「起承転結」を意識していますね。


――こうした伝統の上に立脚したソロ曲も演奏される一方で、《南部酒屋元すり唄》などは、コンテンポラリーなアレンジで録音されていますね。こうした音作りへのこだわりについてお聞かせいただけますか?

じつは今の民謡を聴かない人たちが、そうした音楽を好まない理由について一つ思っていることがありまして。僕たちは民謡を三味線で演奏するわけですが、三味線は単音楽器なんですよね。そうすると、音が鳴った後に、次の音が鳴らされるまでに無音の時間ができるわけですが、これを寂しく感じる人が多いのではないかと思うんです。そこで、もちろん僕自身はそういった間合いもとてもよいものだと思っているのですが、より多くの人にとって聴きやすくするために、それを埋めてあげる。でもガチャガチャしすぎないように、シンセサイザーの響きなどを上手く使っていく。そういうところにかなりこだわっています。


◆糸の響きを味わうオリジナル曲

――今回のリサイタルでは、中村さんご自身が書かれたオリジナル曲も演奏されます。《LABYRINTH -迷宮-》は緩急の付け方が鮮やかで、アップテンポの運びの中、撥弦楽器である三味線ならではのアタックの明瞭な響きが気持ちよくハマってくる1曲ですね

「迷宮」と名付けている通り、自分がものすごく悩んでいた時の複雑な思考回路や、メンタルが良好ではない時の感情が投影されている作品なんです。上京した頃の「これからどうやって三味線を続けていけばいいのだろう」という悩みや、周りの学生たちが就職活動をしているのを目の当たりにして生じた「自分はどうしたらいいのか」という迷い。そして、新型コロナウイルス禍で演奏する機会がなくなって直面した「どうやって自分を表現したらいいのだろう」という苦悩。こうした当時の感情が、例えば、楽曲の途中で急にすべての音がなくなって、三味線のソロになるシーンなどに投影されています。
ちなみに、じつはこの作品のメロディーはテンポを落として弾くと、結構切ないフレーズなんです。激しさの中にも繊細さがある、そんな調べを愉しんでいただきたいです。


――他方《AYUMI -歩-》では、冒頭から三味線が雄弁に語りかけてきます

これはフィギュアスケートの羽生結弦さんのアイスショー「プロローグ」のために書いた曲でして、羽生さんの人生観をイメージして作曲しました。リズムや旋律だけでなく、三味線のもつ3つの糸の響きそのものを愉しんでいただけると嬉しいです。冒頭部分などは三味線を弾く、叩くというよりも「鳴らす」ことに意識を集中して演奏しています。


――録音ではストリングスとの共演で収録されている青森県民謡《ホーハイ節》は、リサイタルではピアノとのデュオで演奏されますね。共演される高橋優介さんについての印象はいかがですか?

クラシック音楽と民謡の決定的な違いは、即興の有無だと思います。クラシックは、基本的には楽譜に書いてあるフレーズにいかに感情を乗せていくかが肝になっているジャンルだと思うのですが、高橋さんはクラシックのピアニストであるにもかかわらず、とても遊び心がある方なんです。民謡はどちらかというとジャズに似た即興音楽なのですが、演奏する時に高橋さんは、左手の動きは同じでも、右手は毎回スケールのなかで自由に遊んでいるということがあって。1つの曲に対して、様々にアプローチする視野の広さが本当にすごい方だなという印象を受けています。


中村滉己

◆亡き祖父に捧ぐ《流れ星》

――今回のリサイタルでは、妹尾武さん作詞作曲の《流れ星》も演奏予定ですね。これはアルバムの掉尾を飾る作品でもあります。この曲が生まれた経緯とその魅力について教えていただけますか?

クリスマスに品川の教会で開かれた妹尾さんの演奏会を聴きに出かけたのがきっかけでした。妹尾さんはゴスペラーズの《永遠に》という曲を作られているんですが、この曲のサビのフレーズとメロディーは、妹尾さんが阪神淡路大震災で親友を亡くしてすぐの頃に着想されたものだったそうなんです。その曲を聴いたときに、「ああ、ちょっと待てよ」と。じつは、ちょうどそのコンサートに行く1週間ほど前に、僕は祖父を亡くしていたんです。そういうタイミングもあって、今《永遠に》を聴くと、何か感じるものが違うなと思ったんですね。そこで、祖父への感謝の気持ちと、「これから頑張っていくよ」という決意を、聴いてくださる皆さまと天国の祖父に届けたいと思い、妹尾さんにその想いをお伝えして作曲いただいたんです。ただ泣けるだけの曲とか、ただ琴線に触れるだけの曲というものではなくて、しっとりとしたメロディーの中に「俺はこうしていくから見ててくれよ」という強い意気込みも感じてもらえるような、そんな曲と歌詞を書いていただけたと思っています。


◆2つのマインド

――伝統音楽の魅力を多くの人に伝えていくには、ひとかたならぬ努力が必要だと思います。こうした文化を今後も多くの皆さんに聴きついでいただくためには、どういったことが必要だと考えていますか?

難しいことですけれど、「しきたりを守るマインド」と「カジュアルにするマインド」の両方をすごくいい塩梅で持つことが大事なのではないかと感じています。例えば、日本人の皆さんは外で食事をするときに、和食を食べることが必ずありますよね。こういう和食も、昔は料亭で女将さんが着物を着て配膳して、大将が料理してという伝統的なスタイルが中心だったと思うんですけれど、今では大戸屋ができたり、和食酒場ができたりして、よりカジュアルに和を愉しめる場が増えています。
これは、音楽でも同じことが言えると思っていて。いわゆる着物でビシっと決めるスタイルと、洋装で演奏するスタイルとがあるように、「ここはピシッとするところ」「ここはカジュアルに聴かせるところ」という風にバランス配分することが、この分野では特に大事なのではないかなと思っています。


――CDやリサイタルのプログラムも、まさにそうした両方のマインドが反映された内容になっていますね

加えて、今は新しい音楽の分野と三味線の融合についても研究中なんです。《LABYRINTH -迷宮-》にはテクノポップへのオマージュであると同時に、EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)の要素も入れているんですけれど、他にもまだ三味線奏者が足を踏み入れていないような、R&Bと津軽三味線を組み合わせてみたらどうなるのかなどもすごく気になっていて。今後はもしかしたらそういう曲が出るかもしれません。


――最後に、リサイタルにいらっしゃる皆さまへメッセージをお願いいたします

インスト曲ではやはり、音色や表現の幅を愉しんでいただきたいです。また、民謡曲では民謡が進化を遂げていく、いわば「令和における民謡のあり方」という部分にご注目いただきたいですね。そして、何より《流れ星》のような楽曲では、今の中村滉己が伝えたいこと、そのメッセージをひとりでも多くの方に受け取っていただけると嬉しいです。きっとリサイタル当日でないと出てこない感情もありますから、今すべてをお伝えすることはできないのですが、そうしたものを感じてくださった方にとっては、きっと同じ音楽であっても、聴こえ方や捉え方が変わってくると思うのです。ですから、どうぞ本番当日にしか出せない中村滉己を、ぜひお楽しみください。


※『南部酒屋元すり唄』の「元」の字は、酉へんに元が正式表記



取材・文/本田裕暉



「中村滉己 津軽三味線・民謡リサイタル」公演情報│ローチケ[ローソンチケット]

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