藤原歌劇団を中心に、さまざまな舞台で活躍するソプラノ歌手の伊藤 晴が、3月21日(月)、ザ・シンフォニーホールで初のソプラノ・リサイタル「ベスト・オブ・アリア~ある晴れた日に~」を開く。リサイタルや歌への思いについて話を聞いた。
――初めてのソロ・リサイタルです。
昨年、シンフォニーホールではジルベスターコンサートに出演させていただきました。大ホールでリサイタルをするのは初めてなので心配だったんですが、客席が近く感じられてとても雰囲気が温かかったんです。音の響きも素晴らしいので、今はシンフォニーホールに立つことを楽しみにしています。ただ、今回はアリアの名曲ばかりをお届けするので、体力がいるため、パワーを蓄えておかなきゃいけません。そういう意味では少しプレッシャーを感じていますね。
――リサイタルの「ある晴れた日に」というタイトルは、「蝶々夫人」の楽曲ですが、伊藤さんのお名前の晴(はれ)とかけているのでしょうか?
アハハ、意識的にしたわけではありませんが(笑)、歌を始めたころ、この曲は私とリンクしているので、いつか歌えたらと漠然とは思っていました。コンサートで実現することができて、この名前でラッキーというか、良かったなと思っています(笑)。今回、『ある晴れた日に』では曲が歌われるシーンより、もう少し前のシーンから始めます。お客さまがオペラを見ているような気持ちになっていただけるように長めに歌う予定です。
――リサイタルでは全16曲を披露されるそうですね。
どの曲もオペラのワンシーンのキャラクターとして1曲…1曲…歌えたらいいと思っています。例えば歌劇『ファウスト』の『宝石の歌』では、マルグリートが自分の家の前で宝石を見つけて、『この宝石をつけると女王さまみたいだわ』と喜ぶシーンに至るまでの心情を演じようと思っています。どの役も違うから切り替えるのが大変ですけれど。
――伊藤さんは、藤原歌劇団2014年創立80周年記念公演「ラ・ボエーム」のムゼッタ役でデビューを飾りました。その後はミミも演じ、今回は「私の名はミミ」を歌います。
ムゼッタもミミもどちらも大好きな役ですが、今の自分の体や声が年齢的にミミにしっくりくるんです。一番合う状態で今回披露できるので、すごくうれしいですね。
――ビゼーの「カルメン」の「何を恐れることがありましょう」もリストにありますが、「カルメン」ではミカエラを演じられました。
このアリアのシーンは、ホセのお母さんの願いで、『ホセを絶対に故郷に連れてかえらなきゃ』というミカエラの意思の強さが表れているんです。ミカエラは、ホセをカルメンに取られてかわいそうだというイメージがあります。でも、カルメンに対して、『あの危険な人に勝ってホセを連れ戻さなくてはいけない』という内面の強さがある。そこをお伝えできればいいなと思っています。
――フランスで活躍したレイナルド・アーンの楽曲も選ばれましたが、思い入れがあるのですか?
アーンは日本ではまだあまり知られておらず、歌われる機会も少ない作曲家なので、少しでも多くの方に知っていただければと思いますね。とにかく彼の曲を歌えることがうれしいです。とても聴き心地がよくて、やさしくて美しい楽曲ばかりなんです。『リラに来るうぐいす』『春』など、春にちなんだ温かい気持ちになれる歌曲を選びましたので、こういうご時世ですし、少しでも気持ちが明るくなりエネルギーを感じてもらえればうれしいですね。
――中田喜直さんの「さくら横ちょう」「たんぽぽ」なども披露されます。伊藤さんは日本語の美しさを伝えたいという気持ちがあるそうですね。
そうなんです。日本のオペラも何本かやらせていただいているのですが、日本人だから何となく言葉を発するという風にならないように気を付けています。ちゃんと言葉の芯を作るように努めて歌いたいですね。
――ほかに歌う時に特に心がけていらっしゃることは?
私の声は低めというかリリックなソプラノなので、そういう声を出すのには支えが必要なんです。声を支えるには下半身を使うので、例えば緊張しすぎると、スピードスケートの選手がしんどくて踏ん張れなくなるような状況になります。下半身からエネルギーが逃げないようにリラックスしながらパワーを伝えることを心に留めています。
――コロナ禍でご自宅にいる時間が増えたと思うのですが、何かプラスになったことはありますか?
仕事が一気に何もなくなったので、一回一回の公演が奇跡なんだということを実感しました。自宅での練習も必要なんですが、常に舞台に立っていないと、体がだんだん閉じてくるんです。ホール用の体の開きにならなくて。こんなに違うものなんだというのをすごく感じました。
――改めてステージで歌うことの大切さを感じられたと?
私はオペラ歌手として歌を始めたのは大学を卒業してからと遅くて、こんな風に舞台に立てるなんて想像もしていなかったんです。歌うことで、色んな人とお会いしたり、様々な場所へ行ったりと、歌が色んなめぐり合わせを生んでくれました。私の人生を豊かにしてくれています。
――伊藤さんはフランスやイタリアでも研鑽を積まれましたが、まだ日本ではオペラは固定ファンのものという意識がありますか?
例えば、ドイツでは各都市に劇場があり、専属の歌手がいます。日本にもいくつかはあるんですが、まだまだそんな状況になることは難しいですよね。私は三重県出身で、三重県には劇場はあるんですが、歌う機会がないんです。藤原歌劇団のほか、子どもたち向けに学校や体育館を回る活動もしています。地道なことですけど、これが将来のオペラファンを作っていく大切なことだと思っています。
――今回のコンサートでも新たな伊藤さんファンが増えそうですね。
アリアから情熱や春の温かい気持ちを感じてもらい、元気になったと言っていただけるようなリサイタルにしたいです。全部違う役を演じますので、舞台で皆さまを飽きさせないような演奏ができるように頑張ります。
取材・文 米満ゆうこ