クラシック

【インタビュー】古海行子

【インタビュー】古海行子 ©Darek Golik / Chopin Institute

古海行子

古海行子

©Wojciech Grzedzinski _ Darek Golik (NIFC)

先日開催された第18回ショパン国際ピアノコンクールで、セミファイナリストとなった古海行子が、帰国後初のリサイタルを急遽開催する。音楽コンクールの最高峰のひとつとされる舞台を終え、彼女はどのような心境でいるのだろうか。リサイタルに臨む思いなど、話を聞いた。


――まずは第18回ショパン国際ピアノコンクール、お疲れさまでした。コンクールを終えて、今はどんなお気持ちですか?

前回は1次予選までの通過だったので、今回は第3次予選まで準備した作品を演奏出来たことが嬉しかったです。やっぱり、あの舞台で演奏することは誰にとっても特別。回数に制限があることですし、運がないとできないことでもあるので、演奏できたことがただただ嬉しかったですね。ショパンコンクールは本当に世界中のみなさんが開催を待ちわびていて、客席にいる方たちもショパンの音楽が好きで、あたたかく迎え入れてくれる。1次、2次、3次とそれぞれのステージで感じたことは少しずつ違っていたんですが、コンクール特有の緊張感やストレスも多少はあるんですけれど、それ以上にそのあたたかさを感じられました。すごく特別な時間だったと思います。


――コンクールの模様はオンライン配信され、日本のファンもたくさん応援していました。

前回に参加したときにも配信があって、こんなにたくさんの方に注目していただけるのか、と驚いたんですが、今回はその比じゃないくらい、本当に多くの方にご覧いただくことができました。メッセージもたくさんいただいて、本当にシンプルにすごいことだと思いました。みなさんが本当に好きで聴いてくださっていることが伝わってきて、エネルギーになりましたね。


――前回に参加された時とは、お気持ちの違いなどはありましたか?

前回はもう6年前で高校生でした。ヨーロッパも初めてだし、大きなコンクールというのも初めて。全部が目新しいという感じでした。今回は、あれからいろいろ経験を積んで、経験から築き上げてきた信念もありましたし、より明確に、自分の音楽はこう、こんなステージにしたいというものがありましたね。演奏者として、作品が一番に伝わってほしいと思っていますし、作品をいいなと思っていただけるように演奏していきたいと思っています。


――ショパンコンクールを終えて、帰国後初のリサイタルとなりますが、どんなステージにしたいですか?

ショパンコンクールで本当に多くの人に聴いていただいて、コンクールをきっかけに今回のリサイタルを聴いてくださる方もたくさんいらっしゃると思います。昔から応援していただいている方にも、コンクールをきっかけに聴いていただける方にも、感謝の気持ちをお届けしたいですね。今回のコンクールはコロナ禍での開催で、ショパンがお好きな方でもなかなか現地に行って聴くことが難しかったじゃないですか。そういう中で、コンクールで演奏した楽曲も含めて日本で演奏できる、生で音楽をお届けすることができるということが何よりも嬉しいこと。たくさんの方に聴いていただけたらと思います。


――どのようなプログラムになりそうですか?

プログラムはまだ迷っているんですが、やはりショパンコンクールの後ですし、ショパンを中心に演奏しようと思っています。スクリャービンもショパンの影響を受けた作曲家で、初期の作品などは特にそうなので今回のプログラムに入れています。あとは、みなさんの聴きたいものをお届けしたいと考えているので、みなさんのことを想像しながら選んでいきたいと思います。ショパンは一般的にも広く知られている作曲家で、ピアノ音楽の中でも一番耳にする機会が多いんじゃないかと思いますが、そこからさらに、こういう世界もあるんだよ、というものをお見せしたい。違った世界もお見せできるような演奏をしたいですね。あと、配信で聴いてくださった方も、生で聴いたらどう違うのか、きっと感じていただける部分があるはず。そういう部分を大切に演奏していきたいです。


古海行子

©Wojciech Grzedzinski _ Darek Golik (NIFC)

――ちなみに、コンクールと自分のリサイタルとでは演奏するときにお気持ちの違いとかはありますか?

作品に向き合う姿勢というのは変わらないんですが、いざステージで弾くときになると……いつもあるがままで居たいと思っていても、コンクールの緊張感はやはりあります。ちょっとタイトになってしまうというか。演奏会のほうが、体を自由に、楽にして演奏できるような感覚は、正直ありますね。


――浜離宮朝日ホールでの演奏ですが、ホールの印象などはありますか?

前回、演奏させていただいたのが、高松国際コンクールで優勝させていただいた直後のリサイタルだったかと思います。その時もコンクール直後で、応援してくださった方に向けてという気持ちがありましたが、今回、奇遇にも同じようなタイミングでの演奏になりました。そういうタイミングで演奏できることがとても嬉しいですし、ますます特別な場所になるような感じがします。


――2019年にOpus Oneレーベルから「シューマン:ピアノソナタ第3番」をリリースされています。こちらは収録が2018年だったそうですが、当時の思い出や印象は?

2018年と聞くと、ものすごく前のような感じがしますね。若かったな、って思います(笑)。演奏そのものが、と言うよりも、やっぱり3年前の自分を思い浮かべると今とは違うんですよね。この3年間でいろいろな経験をして、ちょっとずつ自分が変わっていって、価値観とかも変わっていって……。そういう部分で、あの時にしかできない演奏っていうものがある。それは常にそうなのかもしれないですけど、あの当時にすごくシンパシーを感じていたシューマンのソナタをメインに演奏をしたんですが、きっと、今また弾いたらひと味違うんじゃないかな。若かったからこそできる演奏だったんじゃないでしょうか。CDってそういうものなんでしょうね。演奏会とはまた違う、あの時の自分を聴いていただけると思います。


――自分としては、ここ数年でどのように変わったと実感されていますか?

自分だけじゃなく、周囲を見ていても思うことなんですが。10代から20代になって、そこからの数年って人間が確立されていく時期。まだ形が定まっていないところから、自分の考えやこうありたいという人間像がちょっとずつはっきりしていく時期だと、振り返ってみると思うんです。だから逆に言うと、まだまだフレキシブルだし、もっと直感的でもある。今の方が信念も持っているし、変わっていく世の中の中で自分がどうありたいかというのを、軸を持って考えられるようになっていると思います。演奏って、本当に、その時の考えとか気持ちとか、人間性が隠し切れないくらいに出てくるものなんですね。なので、今の私が演奏に現れているんじゃないかと思います。


――そもそも、ピアノの魅力ってどういうところにあると感じていますか?

まずはピアノって音数がすごく多いじゃないですか。その分、意識が分散してしまうという部分もありますけど、ひとりでオーケストラのような音楽を作っていくことができるんです。だからこそ、可能性も無限大。オーケストラだと何人もの人がひとつにまとまらないといけないですが、ピアノだとピアニスト1人だけ。自分の意志で動かすことができるんです。そこがピアノの魅力だと思います。あと、音が減衰することって、欠点にも受け取られるかもしれませんが、やっぱり減衰するからこその美しさがある。響きの溶け合いがあって、そこも魅力だと思います。ショパンってそれをすごく良くわかっていて、ピアノにしかできない表現がたくさん詰まっているんです。本当にありがとう、という気持ちになります。こんなにピアノの魅力を引き出してくれて、そして人の心をつかんでくれて……だから、ショパンを演奏できることがすごく嬉しいんですよね。作品あっての演奏者ですから。


――そういうピアノの魅力に気付いたのっていつごろでしたか?

私はピアノ以外の楽器をやっていなかったので、選んだというような感覚はなかったんですが、根本的に音楽は小さいころから大好きでした。曲から感じるエネルギーとか、曲から高まる感情というのが、もともと好きだったんです。その手段がたまたまピアノだったという感じですね。そして、いろんなことを勉強していく中で、その魅力に気付いていったように思います。ほかの作品を聴いたり、アンサンブルで演奏したりしていく中で、徐々に感じ取っていきました。聴くことと弾くことって、若干違う部分もある。弾くことがお好きな方もたくさんいらっしゃると思いますが、弾くことそのものが好きというよりも、演奏することで魅力が伝わったり、何かを与えたりできることが私は好きだなと思います。自分がいいな、と思う音楽を描いていきたいですね。


――今後、ピアニストとしてどんなビジョンを描いていますか?

まず一番は、作品の魅力を伝えられる人でありたい。そこに、責任を持ちたいです。今までは割と、勉強して自分が成長したいという気持ちが大きかったですが、今後はもっと、自分がどうありたいか、自分自身がどう生きていきたいかというのを明確にしていきたいです。もちろん、作品の魅力を伝えていって演奏を伸ばしていくことはもちろんですけど、それだけじゃなく、人として、演奏者としてどうありたいかをもっと考えていきたいですね。


――学ぶことだけじゃなく、それをどう広げて伝えていくか、ということもしっかり考えていきたいということですね。これからチャレンジしていきたいことはありますか?

いろいろな作曲家の楽曲に挑戦して、広げていきたいですね。ピアノの作品って本当に山ほどあるので。ベートーヴェンのソナタとか、フランス物の楽曲とか、ロシア物ももっと勉強してみたいし……本当に、選択肢が多すぎて、どこからやろう?って感じなんです。あと、スクリャービンは本当に生で聴いていただきたいと特に思う作曲家なので、そこはもっと勉強を広げていきたい。その1歩が、今回の演奏会でもあるんです。まだまだ知らない世界があるし、それによって、今までの世界もまた違った角度でみえてくることもありますからね。あとは…個人的なことですが、私SNSがあんまり得意じゃないんです(笑)。プライベートでもあんまり発信欲みたいなものが無くて……。いろいろな方からお声かけもいただくので、もっとSNSを頑張ってチャレンジしていきたいです!


――音楽で伝えることに意識が向かっているからこそ、SNSが苦手なのかもしれないですね(笑)。

でも、メッセージって届くんだな、というのをショパンコンクールを通じて本当に強く感じたんです。気持ちを言葉や文字にして伝えることは、本当に大切なことだな、と思ったのでSNSも頑張っていきたいですね。


――今後はSNSにも注目しています! 最後に、リサイタルを楽しみにしている方にメッセージをお願いします。

前から応援してくださっていた方も、ショパンコンクールをきっかけに応援してくださった方も、本当に演奏を聴いてくださってありがとうございますという気持ちでいます。このタイミングで演奏会ができるということを本当にうれしく思っていまして、それはやっぱり音楽って生で聴いていただくものだから。そう私は心から感じていて、直接、音楽をお届けしたいと強く思っています。ぜひ、聴きにきていただけたらと思います。




インタビュー・文/宮崎新之


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