クラシック

【インタビュー】川井郁子

【インタビュー】川井郁子

川井郁子 シネマパラダイス~名曲物語~

©Shintaro Shiratori, Sony Music Labels,Inc

ジャンルレスな音楽に挑み世界的な活躍を続けている”情熱のヴァイオリニスト”川井郁子。昨年、アルバムデビューから20周年を迎えた彼女が、大阪・ザ・シンフォニーホールでコンサート「シネマパラダイス~名曲物語~」を開催する。映画音楽をテーマにお届けする今回のステージでは、「007シリーズ」「ゴッドファーザー」「ウエスト・サイド・ストーリー」「ドラゴンクエスト」など、幅広いジャンルの映画から楽曲をセレクト。名曲たちを披露する彼女に、話を聞いた。


 今年もザ・シンフォニーホールでのコンサートが開催されることになりました。今回はどのようなステージになるのでしょうか。

毎年、ザ・シンフォニーホールではコンサートをやらせていただいていまして、毎回テーマごとに名曲を集めたコンサートになっているんです。いつも聴きにきてくださる皆様からも、名曲が聴けるということでご好評をいただいておりまして、今回は映画音楽に絞ってお届けしようということになりました。


 映画はもともとお好きなんですか?

映画は子どものころから大好きで、高校の頃は唯一の趣味としてすごい本数の映画を観ました。もう、お小遣いは全部映画っていうくらい(笑)。私にとっては、一番の夢の時間でした。なので、映画に対する思い入れは強い方だと思います。映画館に初めて連れて行ってもらった時の記憶がやっぱり大きいですね。小さいころ、父と一緒に出かけることってあまりなかったんですけど、父と2人で映画に連れて行ってくれて、初めて父が泣いているところを見たんです。父とは、一緒にできる娯楽と言うか、外で一緒に遊ぶことも無かったですから、映画が父との特別な時間でした。実際のところ、2~3回くらいしかないんですけど、本当に特別で嬉しい時間だったんです。映画そのものの面白さはもちろんあるんですけど、そういう家族で過ごした時間、あの頃も思い出も映画に対するイメージの中にあると思います。そういうところが、映画の大好きなところですね。怖い映画だけは、ちょっと苦手なんですけど……(笑)。


 いろいろな音楽に触れていらっしゃるかと思いますが、とりわけ映画音楽はどのような音楽だと感じていらっしゃいますか?

映画は見ていなくても、音楽として皆さんに残っているものってたくさんあると思うんです。娘が中学生なんですが、娘は音楽から映画に興味を持つことも多いんです。私も、小さい頃に「映画音楽大全集」みたいなLP盤があって、映画のワンシーンの写真と簡単な解説が書いてあったんですが、それを読みながら聴いていると、どんどん想像が膨らんでいって、とてもワクワクする時間でした。それだけ、映画音楽に力、メロディに力があるんですよね。私自身、映画音楽を作る機会を頂いた時に、なんのイメージもなく作り始めるよりも、シーンの映像だったり、シノプシスだったりがあるほうが強いインスピレーションが湧きやすいと体感しました。聴く側としても、映画音楽がすごく羨ましいなと思うところがあって、映画の場面などがよみがえってくるのももちろんですけど、それと一緒に自分の思い出も浮かんでくる。そういう部分が映画音楽には内包されているんですよね。今回のステージでは、すごく幅広いジャンルからお届けできるラインナップになりました。ミュージカル映画があったり、クラシカルな映画、新しい映画など、幅広い世代の方にキャッチーな楽曲を演奏できるのではないかと思っています。


 そんな映画音楽をヴァイオリンで演奏することの面白さはどのようなところにあるのでしょうか。

選曲のときに、ヴァイオリンでその良さが伝わるものを選んでいますが、フルオーケストラでサントラで聴けるような音楽を追いかけて選曲をしているわけではありません。同じ曲なんだけれど、別の良さが見えてくるような曲を選んでいます。それに、私自身が映画ファンなので、演奏していると自然のその作品の登場人物が浮かんできたり、踊っているような気持ちになったりするんです。ですので、弾いていてもどこか観客のひとりになれる。こういうプログラムって、私自身もそういう楽しみ方ができるんです。一緒に演奏するほかのメンバーとも、どこか距離感が近い感じがしています。


 川井さんにとって、ザ・シンフォニーホールはどのようなホールですか?

弾き手にとっては、生の音の響きが本当に気持ちのいいホール。すごく伝わる、音に乗せられるホールだと思います。客席で響きが美しいホールはたくさんあるんですけど、意外と弾いている方はちょっと弾きづらいような場所もあるんですよ。なので、弾き手としては焦って楽しめなくなっちゃう。その点、ザ・シンフォニーホールは弾いていてすごく気持ちがいいので、いい響きが客席も弾き手にも両方に揃っている珍しいホールだと思います。お客さまと同じ気持ちで居られますし、お客さまのお顔もよく見えるんですよ。表情も感じながら、近い感覚で弾けるところですね。


提供:ザ・シンフォニーホール(前回の公演より)

 昨年にアルバムデビュー20周年を迎えられ、21年目となりましたが、以前と比べてヴァイオリンを弾くお気持ちに変化や新たな想いはありますか?

以前に比べると、大きく変わりました。子どものころのクラシックだけ…何か理想のようなものに向かっている感覚でしたが、それが自分を表現するツールに変わったのはすごく大きな変化だったと思います。あと、お客さまの前に出るときの気持ちも変わりました。緊張というか、舞台恐怖症に近かったことがあるんですけど、自分の音楽をやり始めてからは攻めの気持ちになって、自分が一番楽しみたいという気持ちに180度変わりました。やっぱり、お手本があって、そこにどれだけ自分が近づけるかという気持ちでやっていると、途端に怖くなるんですよ。お客さまも全員が審査員のような気持ちになってしまう。でも、今は、お客さま全員が味方という理由のない自信があります(笑)。それは、いろいろなジャンルを聴くようになって、クラシックの音はこうでなければならない、という枷が外れたから。ヴァイオリンは本来、すごく幅広い種類の音色が出せる楽器で、その曲に合わせて自分の想いで弾いていけば自然に”その音”になる。そうやって、気持ちを任せているから、解放されたんだと思います。


 その中でも、大きく変化するきっかけとなったものは何でしょうか。

いろいろありますけど、やっぱり一番大きな影響は(アストル・)ピアソラですね。本当に衝撃的でした。あんなに長く悩んでいたのが、そのアルバム1枚で答えを貰ったような感じがしました。ちょうど2021年が生誕100年というタイミングなんですよね。もともとタンゴなんですけど、それを自分のジャンルにしてしまったというのが音楽にすごく表れているんです。形式に縛られない、概念に縛られないというのが弾いていてとても気持ちがいいんです。そして、両極がひとつの曲の中に含まれているんですね。攻めのとても熱い音楽なのにどこかクール、優しいんだけど悲しい、そういう両極を持っているので飽きないし、毎回発見がある。そこが魅力的ですね。人の感情のカオスがそのまま表現されていて、言葉ではなかなかできない、音楽ならではの魅力だと思います。


 川井さんは自ら作曲もされますが、演奏家と作曲家は近いようで遠い感覚があるように思います。ご自身では何か切り替えなどがあったりするのでしょうか。

切り替えようと思わなくても、完全に違うベクトルでやっていますね。曲を作るって、自分を無にして、潜在意識から何かが出てくるのを待つ感じ。表現するという子とは外に向かって解放することですから。でも、クラシックを演奏するときは、やっぱり子供の頃の刷り込みじゃないですけど…作曲家が何を言いたかったのかを無視してはいけない。そこはとても大事なところなので、自分の感情のままに弾いてはクラシックではないんです。作曲家が何を伝えたかったのかを追いかけるわけですが、そこをすごい掘り下げることができた世界の巨匠がたくさんいますから、その中で、自分がどれくらいそれをできるのか、という気持ちが先に立ってしまって、どこか解放しきれないところが正直あります。自己満足で良ければ、すごく楽しいんですけどね。


 作曲をやるようになって、クラッシックでの解釈が変わったりしましたか?

ありますね。やっぱりレベルは違っても、作曲者の気持ちは必ずありますから。小さいころから教えられ続けてきた、これが正解、これは不正解というところから外れたような感覚はあります。その人らしくどう弾いても、作曲家は喜ぶはず。自分から一度出たものは、どういうふうに広まっていこうと、嬉しいこと。こだわっているのは、今生きている人ですからね。もちろん、作曲者によるとは思うんですけど(笑)。クラシックの演奏家にとって、作曲家ってどこか神様なんですよ。神の教えに近づく、みたいな感覚。自分が作曲するようになって、そこを作曲家も同じ人間なんだな、ということに立ち返れました。


 演奏活動や作曲などお忙しい中で、大切にしているプライベートな時間はどんなものですか?

今、子どもが中学生なので、あとどれくらい一緒に居てくれるのか…(笑)。なので、なるべく一緒にやれること、一緒に楽しめることをやりたいですね。娘は絵が好きだったりするので、そういうものを一緒の時間にしたいです。娘との時間は本当に楽しくて、すでに私と同等にアドバイスだったり、新しい視点や意見をもらえたりするので、すごく参考になるんです。そういう気持ちがあるからか、今、作っているアルバムや今回のコンサートでも、一緒に楽しさを共有したいという気持ちがすごくある。でも、反抗期なので、こっちが一緒に過ごしたいと思っていても、拒否されてしまうこともあって(笑)。だから、余計にそういう気持ちになっているんでしょうね。


 一緒の時間が楽しくなる、そんなコンサートになりそうですね。楽しみにしている方に向けて、最後にメッセージをお願いします。

どの曲もきっとどこかで聴いたことがある、耳馴染みのある曲を、本当においしいところだけギュッと凝縮して、たくさんお届けできると思っています。きっとお子さんでも飽きずに聴いていただけると思いますし、大人の方には懐かしんでいただけたりするはず。幅広い世代の方に聴いていただきたいですね。今回は一緒に演奏するメンバーも素晴らしいですし、映画音楽はロマンチックな曲が多いので、いろいろな意味で大切な方と一緒に、楽しい時間を過ごしていただけたらと思います。




インタビュー・文/宮崎新之

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