クラシックとジャズのハイブリッドなサウンドで独自の世界観を作り上げているピアニストの細川千尋がニューアルバムをドロップ。「Seasons of Love ~ Broadway Jazz Grooves」と題し、名作と呼ばれるミュージカルナンバーをジャズでカバーしており、新境地を開拓した。そしてアルバム発売に合わせたコンサートを2月に東京と大阪で開催。彼女はどのような想いで鍵盤をたたくのだろうか。話を聞いた。
――今回のステージはどのようなものになっているのでしょうか。
新旧様々なミュージカルナンバーを集めたアルバムを1月25日にリリースしたのですが、そのアルバムから今回は全曲演奏させて頂きます。 4年ほど前にロンドンで「オペラ座の怪人」を観劇しまして、それまでミュージカルをちゃんと劇場で観たことはなかったんです。そのころから、ふわっとミュージカルナンバーを集めたアルバムをいつか作れたらいいなと頭の中で思っていたことが今回実現しました。ミュージカルの楽曲は本当にメッセージ性が強くて、歌詞も音楽も本当に美しいんです。ミュージカルは本当に総合芸術だと感じました。クラシックの世界で言うと、オペラになるかと思うんですけど、ミュージカルになるとクラシックだけではなく、ポップスもあるし、ジャズも入っているし、音楽のジャンルの垣根を超えた表現がたくさん詰まっていて、音楽的にも本当におもしろいんですよ。今回は、本当に私の好きな曲をとにかく集めて、名曲たちを演奏させていただきます。
――子どものころは、ミュージカルに触れていなかった?
実は以前はあまりミュージカルを観たことがなくて、しっかり劇場で観たのは、本当にロンドンが初めての経験でした。でも、古いミュージカルの楽曲はジャズのスタンダードとして演奏されている曲もたくさんあって、今回の中だと「チム・チム・チェリー(『メリー・ポピンズ』より)」とかがそうですね。そういう部分では触れてきた曲はたくさんあるんですけど、アルバムを作るにあたって、歌詞の意味やストーリーのどのような場面で出てくる楽曲なのかなどを観ていると、本当に楽曲の奥深さを感じ、余計に惹きこまれましたね。
――劇場で観たミュージカルの楽しさ、素晴らしさをどのようなところに感じましたか?
ライブと一緒の、何が起こるか分からないドキドキ感の中で、スタッフの方やオーケストラの方なども含め、あれだけの人数で1つの作品に向き合って集中して生でお客さまに届けているという、その感じがもう震えるほどの衝撃でした。私たちも、その場で作る音楽というものを、バンドメンバーやスタッフの方と一緒にみんなで集中して、その時のベストを尽くすのですが、その人数というか規模がミュージカルではさらにたくさんなわけです。とんでもない人数の人間が、1つのものをちゃんと作り上げようと集中力をもって挑んでいることが、本当に総合芸術のミュージカルならではだと思います。
――その時に受けた感銘が、レコーディングにも良い影響になったんでしょうか。
私がレコーディングで感じたのは、曲が持つメッセージ性などに、私自身がすごく元気をもらったんです。こういう時もあるよね、って誰にも言えないような気持ちにもそっと自然に寄り添ってくれるような音楽がすごく多くて。そんな楽曲にレコーディングの時はとても助けられました。人間のいいところも、悪いところも表現していることが多いんですね。お芝居なのでメッセージ性も強く、私は今回の楽曲たちを通してすごく“愛”を感じました。アルバムのタイトルを「Seasons of Love ~ Broadway Jazz Grooves」にしたのも、そういう想いからです。この3年ほど、コロナ禍があってからは、心の疲れなどを感じる時も多かったかと思います。そういう方々にいろいろな形での愛が届けばいいな、という裏テーマで演奏しました。
――プログラムから数曲、ぜひご解説いただきたいと思います。
やはりまずは、「オペラ座の怪人」の「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」でしょうか。男性が歌っている曲なんですが、女性に対して“君がいないと、音楽が生まれてこないんだ”というようなことを、ラブレターのように男性から語っている曲で、この曲をロンドンで聴いたときに、もうなんて美しい曲なんだろうと思いました。以前に伴奏もしたことがある曲ではあったんですが、劇場で聴いた時に今までとは明らかに体に入ってくる感覚が違っていました。ミュージカルへの感動と、ストーリーの中で改めて聴くことで何かが目覚めたような瞬間を感じさせてくれました。今回、この曲だけはソロでお届けします。本当に大好きな曲ですね。私もピアノで語るように奏でました。そして、私も誰かに何かを伝えたくてピアノを演奏しているのですが、この曲に心から共感できました。そういう気持ちの部分でも、すごく深い思い入れがある一曲です。
この曲に限らず、全体を通して意識していたことなんですが、それぞれの曲の持つ世界観を壊さずに、自分の個性を出していくことをすごく意識しています。
「シーズンズ・オブ・ラブ(『レント』より)」は、もともとはコーラスなどいろんな人が歌っていて、それぞれの想いを少しずつ歌い継いでいくような、いろいろな声が聞こえてくる曲です。この曲を表現するにあたって、そのコーラス感を表現しようと、最初はもっと音数を入れたくなりました。でも、レコーディングの時にぐっと音数を減らしてシンプルにしたら、すごくハマりましたね。原曲のようにたくさんの人がワーッと歌っているような感じとは違うんですけど、表現できる幅の中でシンプルでぐっとくるグルーヴ感をそして色んな演者の方が歌っていた想いをピアノというフィルターを通して私の声も表現できた一曲です。セバスティアンのスタンダードなドラミングと、陽介さんのグルーヴィーなベースで、私自身お気に入りです!
あとは、1曲だけオリジナル曲を入れてあるんですが、それが「再生-REBORN-」です。今回のアルバムは3回に分けてレコーディングしていまして、1曲はオリジナルを作ろうと思っていたんですが、本当にいろいろなテイストの曲がある中でなかなか新曲の制作に向き合えなかったんです。最終日のレコーディングの前日のリハーサル終了後、スタジオが1時間まだ余っていたので、そこで今まですっきり選べなかったことが嘘のようにするするっと出来た曲です。そして、次の日の最終レコーディングの当日に楽譜をお渡しして、レコーディングしました。コロナ禍で、私自身が何を表現したいのか、を考える時間がすごくたくさんありました。そして原点回帰ではないですけど、再生というテーマの曲になりましたね。実はこの曲の最後に、私のファーストアルバムの「Thanks!」という曲がワンフレーズだけ入っているんですよ。今回、10曲のミュージカルナンバーから元気をもらって、向き合って、最後の最後に生まれた曲です。
――最終的にはそんなに短時間で生まれた楽曲なんですね。悩まれた時間もあったかと思いますが、曲を作るときはいつもそういう感じなのでしょうか。
いつも曲を作る時間自体はすごく短いんですが、自分がピンとくるような、選べる自分になるまでには時間がかかりますね。そうやって悩んでいる時間って作る時間に比べたらすごく長くて、苦しい時間でもあるんですけど、曲ができたときの喜び、みんなで一緒に音を出せたときの喜び、そして聴いてくださる方に届いた時の喜びは、言葉では表現できない感動があります。特に今回は最終日のレコーディングだったので、よりそういう喜びが詰まっているように思います。
――以前、お話を伺ったときに、ステージの本番前はもう1週間くらい前からマインドが本番に向けて持っていかれてしまう、というお話をお聴きしたんですが、レコーディングに関してもそこは同じ感じだったんでしょうか。
やっぱりそうですね。人間なので徐々に気持ちは変化していきますし、曲をたどっていくごとにパズルがはまっていくような、そんな感覚でした。リハーサルが終わった時に、そのパズルがパン!とすべてはまった感じでしたね。自分の中ですべてが解決したような感覚で、「REBORNだ!」みたいな感じになったのを覚えています。
――クラシックの素養がありながらジャズの世界に飛び込み、前回のコンサートではスタンダード・ジャズに挑戦されて、今回はミュージカルへのチャレンジと、立ち止まらずにずっと新しいことに挑んでいらっしゃるように思います。挑戦し続けるモチベーションはどのようなところからなんでしょうか。
もともとの性格が同じところにいるのが苦手なタイプ。毎日同じことをするのが嫌だっていう性格はあると思います。長い人生で考えたときに、音楽と自分がどういう風に成長していきたいか、何をどんな風に伝えていきたいか、そういうことは常に考えていますね。そうすると、あれをやってみたいとか、こういうことをしてみたい、っていう、新しいことをやってみたいとか次の目標が常に頭の中にある感じなんですよ。そこが、「再生-REBORN-」のお話にもつながるんですけど、色々なことに挑戦する中でも常に「Thanks!」つまりありがとうの気持ちを絶対に忘れたくないんですね。そういう想いが、最終レコーディングの前日、あの時間にすごく整理されてひとつの曲になりました。
――ミュージカルナンバーをジャズで楽しむことで、見えてくるものや再発見できることはありますか?
ミュージカルナンバーはすべて歌詞がある曲なので、歌ありきで聴くと歌詞がやっぱり大きな印象として入ってくると思います。今回のジャズでは、ピアノとベース、ドラムというすごくシンプルなジャズトリオの3人の編成でやっているので、メロディー自体の良さがダイレクトに伝わるかと思います。もちろん、もともとの楽曲がお好きな方は心の中で歌詞を歌いながら聞いていただけると嬉しいです。今回、メロディに対して複雑なハーモニーやリズムなどいろんな具材を入れていくよりも、本当に自分自身心地良いと感じる音だけを出来るだけシンプルに厳選したような感覚です。その方が私自身、心に響いてくると感じたので、そのあたりをぜひ楽しんでいただきたいですね。
――シンプルさのバランスがすごくこだわりの部分なんですね。
元々のメロディとハーモニーがシンプル美しい曲が多く、そこをもっと複雑に構成してオシャレなものにしていくこともできたと思います。アレンジを進める中で、その匙加減が一番悩んだポイントでしたが、そこが面白かった部分でもありました。プロとして音楽をやりはじめて、やっぱり何か難しいことをやってみたくなるというか、複雑なことや実験的なことへの興味や気持ちはあります。でも、とにかく今回はシンプルが1番なんだな、というのが今回のアルバムを通して改めて感じたことですね。アレンジのときに、すごく複雑にしてみたものもあったんですけど、原曲のシンプルなほうが、このメロディの強さが伝わるんじゃないか、シンプルにまとまるとしたら、私のピアノではどう奏でたらいいだろう?というところで構築するのか、今回のアルバムで発見したポイントだったように思います。
――今回はトリオでの演奏になりますね。
実はこの3人でがっつりとアルバム制作で演奏するのは今回が初めてなんですよ。前回、スタンダード・ジャズに挑戦した時に、3人で表現できる可能性をもっと感じたので、今回のアルバムを作る際にほかの楽器を入れるという案もあったのですが、シンプルにこの3人でのピアノトリオの最大限のものを目指したいと思ったんです。ベースの井上陽介さんも、ドラムのセバスティアン・カプテインさんもすごくテクニックと表現力をお持ちでいらっしゃるので、本当にいろいろなことができる方たちなんです。でも、今回の企画をやっていく上で、3人の共通認識がシンプルさで合ったんですよね。すごく難しいことをやっているんだけど、やりすぎていない大人なバランス感覚。特に言葉で伝えたわけではないんですけど、私が感じたことを自然と汲み取ってくださいました。この何年か一緒にやらせていただいていて、その曲が持っている良さを目指した結果、そういうことが自然にできてすごく気持ちが良かったです。お二人とだからこそのこのアルバムが出来ました。本当に感謝です。
――最後に、ステージを楽しみにしている皆さんにメッセージをお願いします!
ミュージカルファンの方にも聴いていただきたいですし、普段ミュージカルをご覧になったことが無い方でも、きっとどこかで聴いたことのあるメロディがあるのではないかと思います。このコンサートをきっかけにミュージカルにも興味を持っていただけたら嬉しいですね。これまでの私の演奏を応援してくださった方も、ぜひ応援に来ていただけると嬉しいです!3年振りサイン会も開催予定です!本当にワクワクしています。皆様、会場でお待ちしております!