オーストラリア・バレエ来日!
記者会見&ギエムのリハーサル指導見学レポートが到着!!
オーストラリア・バレエが、20世紀のスーパースター・ヌレエフが同団に提供したヌレエフ版『ドン・キホーテ』をひっさげ、15年ぶりに来日している。2021年に芸術監督に就任したデヴィッド・ホールバーグはたしかなリーダーシップでバレエ団を引っ張り、2023年シーズンには総観客動員数30万人を達成、同年のロンドン公演は全日ソールドアウトしたという。そして今回、ゲスト・コーチとして『ドン・キホーテ』の指導を行うのはなんと、シルヴィ・ギエム。「100年に一度のプリマ」とか「バレエの歴史を変えた」などなど、彼女を彩る形容詞は多いが、その強靭な存在感は一度観ると忘れられない。2015年にダンサーを引退して以来、公の場での会見はめったになかったが、今回は記者会見に加え、ギエムのリハーサル指導も公開されるという。
これは、行くしかない。そう思ったマスコミ関係者は多かったようで会場は満員、いやが上にも期待感が高まる中、ホールバーグとギエムは実にリラックスした雰囲気で現れた。
まず、ホールバーグが次のように挨拶した。
「また日本に来られて嬉しいです。バレエという芸術に、これほど敬意をもってくださる国は他にないと思っていますので、このような機会をいただけて感謝しています。今回お見せする『ドン・キホーテ』は、ヌレエフが我々のために演出し、一緒に映画にもしてくれたバレエ団の歴史に残る重要な作品です。シルヴィは、ヌレエフと一緒に数多くの作品をつくってきた伝説のダンサーです。今回は彼女に「目」となってもらい、『ドン・キホーテ』を監修する役割を担っていただきました」
photo Shoko Matsuhashi
ギエムは「シルヴィ・ギエムです。昔ちょっと踊ってました」と軽やかに挨拶。「日本に来るのは7年ぶりですが昨日のことのようですし、第二の故郷のように思えます。今回来たのは、私がイタリアで犬やロバと戯れてる時に、このクレージーな方(ホールバーグのこと)に、手伝ってほしいと電話をもらったから。この作品の上演によって、ヌレエフの知性が確かに継承されていくと感じています」
photo Shoko Matsuhashi
そういえば以前、ギエムのナチュラリストぶりを紹介したドキュメンタリー番組を見たことがある。資料として配られたプログラムでギエムの紹介を見ると「1965年生まれ。ダンスを踊ってきた。たくさんの木を植え、オリーブオイルを作り、すべての生き物を崇拝している!」とだけ書いてあった。
その後、記者からの質疑応答へ。
――なぜホールバーグのオファーを受けたのですか?
ギエム 「僕たちと一緒に仕事したいですか?」と真っ向から聞いてくれたのが気に入りました。私は回りくどい言い方より、シンプルで単刀直入なほうが好きです。それに彼の質問のしかたに優しさを感じたので、ぜひ受けたいと思いました。
――ヌレエフ版『ドン・キホーテ』の特徴を教えてください
ギエム ヌレエフは知的で、劇場への愛をたっぷりと持った方でした。ヌレエフ版『ドン・キホーテ』は、ダンサーたちのポテンシャルを引き出す大きな可能性をもっています。自分なりの演技をする余白や、キャラクターどうしで自由に対話する余白があるのです。ヌレエフが持っていたユーモアが、そのまま作品に出ていると思います。
ホールバーグ ヌレエフをよく知っているシルヴィさんだからこそ、ダンサーたちの人間性をより引き出してもらえていると思います。『ドン・キ』は高度なテクニックが必要な作品ですが、それだけではサーカスみたいになってしまいます。
――ギエムさんにとって指導とは?
ギエム これもシンプルなことです。ダンサーが、劇場に来てくださるお客様に素敵なギフトを手渡すという責務を果たすためには、ダンサー自身が楽しみながら踊ることが大事です。稽古を重ねる大変さを私はよく知っていますが、それでも楽しんでほしい。私の役割はそのダンサーがどんな人間かを見極め、その力をすべて出し切り、かつ楽しめるよう手助けをすること。そういった指導をすることで、ダンサー一人ひとりが進化していくのを目撃できるのは、何物にも代えがたい喜びです。
ここでクラス・レッスンを終えたプリンシパルの近藤亜香とチェンウ・グオが登場。二人にも質問が寄せられた。
――実際にギエムさんの指導を受けてみて、いかがでしたか?
近藤 2023年に初めて指導を受けたときは、緊張のあまり汗だくでした。最初にキトリのソロを見せなければならず、必死で踊ったら「Good!」と言ってくださって。以来、テクニックのことは一度も言われず、キトリとしてどう生きるか、キトリとバジルの関係をどうお客様に伝えるかに重きを置いて指導してくださいました。うまくいかない部分について相談すると「じゃあこうやってみたら?」と様々な踊り方を一緒に試してくださり、そのことが自信につながっていきました。シルヴィさんやデヴィッドが支えてくださっているお蔭で自分の成長を実感でき、今すごく楽しんで踊れていると感じています。
photo Shoko Matsuhashi
グオ シルヴィ様(「様」は日本語)は、僕らにとって神様みたいな存在です。僕がテレビで初めてバレエを見たのが11歳の時で。中国の国営放送ですから選ばれし者しか映らないんですが、そこに彼女が出演していたんです。まさかその方と一緒に仕事をする日が来るなんて思っていませんでした。そのシルヴィ様が、まるでデヴィッドが指をパチンと鳴らしたら現れたっていうくらい、簡単に来てくださったので本当にびっくりしています。
僕はプリンシパルになってから、この先どう進むべきか迷いもあったのですが、彼女はダンサーが安心できる環境で、自分らしさを重んじて踊ることの大切さを教えてくれました。今までは誰かに認められたいという思いが強かったのですが、彼女の指導を受けたことで、自分がアーティストとしてやっと完成されたように感じています。シルヴィ様と仕事ができるのは本当に夢のようですし、この夢がいつまでも終わってほしくないと思っています。
photo Shoko Matsuhashi
さて、リハーサル室では31日の夜公演にキトリとバジルを踊るジル・オオガイとマーカス・モレリの2人がスタンバイを始めていた。最初は2幕、駆け落ちした2人が1枚のショールを小道具にしっとりとした情感を見せるパ・ド・ドゥだ。キトリが強い目線と美しい背中のラインを見せ、バジルが磁力のようにそこへ吸い寄せられる。ギエムが回転からのリフトを指導する。ギエムのこの上なく自然で無駄がない動きが2人へと引き継がれ、オオガイの回転のエネルギーが、いつの間にか宙を舞うリフトへと変化してゆく。
photo Shoko Matsuhashi
最後にキトリの第1幕のリハーサルが行われた。トウでフラメンコのように小刻みなリズムを刻んで走るオオガイ。ギエムが手拍子、膝拍子で鋭くリズムを取る。音楽の高まりとともに、トウの上で体の向きが「クッ」と変わり、弓なりのポーズが決まる。「Yes!」「楽しんで!」と声が飛ぶ。指導の端々に見える、ギエムの強靭な脚や全身のライン。ギエムと同空間にいる幸せを感じているうちに、あっという間に公開リハーサルは終了した。
photo Shoko Matsuhashi
リラックスしていながらきわめて濃密なギエムのリハーサルのもと、ヌレエフ版『ドン・キホーテ』はどのように仕上がっていくのだろうか。本番が楽しみで仕方ない。
取材・文/坂口香野
掲載日:2025年5月28日
「オーストラリア・バレエ団 2025年日本公演 「ドン・キホーテ」全3幕」公演情報│ローチケ[ローソンチケット]