クラシック

【鑑賞レポート】熊川哲也 K-BALLET TOKYO Winter 2024 『くるみ割り人形』

【鑑賞レポ】Kバレエ『くるみ割り人形』

【鑑賞レポート】熊川哲也 K-BALLET TOKYO Winter 2024 『くるみ割り人形』

現在東京・オーチャードホールで上演中の熊川哲也演出・振付版『くるみ割り人形』は、初バレエ鑑賞にもぴったりの作品。11月24日(日)の鑑賞レポートをお届けします!


音楽の魔法、
異世界への入り口

クリスマスシーズンには世界各地の劇場で上演され、家族で観に行く定番演目として有名なバレエ『くるみ割り人形』。この作品がこんなにも愛されてきた理由は、まずチャイコフスキーのチャーミングな音楽にありそうです。かわいらしかったり、不気味だったり、胸の痛くなる美しさだったり……。全幕を通じ、様々なアイデアが詰め込まれた名曲ぞろい。CM等にもよく使われているため、クラシック音楽ファンでなくてもきっと耳にしたことがあるはず。自身、バレエを深く愛したチャイコフスキーが最晩年に生み出した珠玉の名作『くるみ割り人形』は、振付家たちのインスピレーションを刺激してやまず、振付には様々なバージョンがあります。
熊川哲也が振付・演出を手がけた熊川版『くるみ割り人形』は、2005年の初演以来、毎年新たなバレエファンを獲得し続けている「決定版」のひとつ。ホフマンの原作に立ち返り、幻想世界での人形とねずみたちの争いを背景とした物語がわかりやすい上、豪華な仕掛け絵本のように次から次へと観客を引き込む仕掛けがなされているので、バレエ初鑑賞にももってこいの作品といえます。

さて、前置きはこのくらいにして、とりあえず客席へ急ぐことにしましょう。
星々とトウシューズで飾られたツリーが立つロビーを抜ければ、客席は見渡す限り満席。振り下ろされるタクトとともに、特別な夜のワクワク感をそのまま音楽にしたような「前奏曲」が、ひそやかに響き始めます。そう、生のフルオーケストラで『くるみ』全曲を聴けるのも劇場ならではです。曲の間に一瞬、人形の国の王女・マリー姫(飯島望未)がねずみに変えられてしまう不穏なシーンが挟まれますが、おやと思う暇もなく幕が上がれば、そこは少女クララ(塚田真夕)が住むシュタールバウム家の前。雪合戦をする子どもたち、次々と到着するクリスマス・パーティのお客。配達人のような姿をした男・ドロッセルマイヤー(堀内將平)が、クララの母シュタールバウム夫人に「時計の配達に来ました」と声をかけた瞬間、一瞬すべての時間が止まり、屋敷のセットがくるりと開いて、観客ははなやかなパーティへと誘い込まれます。
ドロッセルマイヤーは、実は「人形の国にかけられた呪いを解くことのできる、純粋無垢な人間を探す」という使命を帯びて、現実世界にやってきた時計職人。時間を自由に操ることのできる魔術師でもあるのです。

第一幕で描かれるのは、基本的に現実世界のパーティの様子。馬跳びなどの遊びがたっぷりと組み込まれた子どもたちのステップ、大人たちの優雅な踊り、その中にも飲みすぎて千鳥足の人がいたり……。リアルな描写の中に、いくつも幻想世界への入り口が仕掛けられています。たとえば、ドロッセルマイヤーが設置した巨大な柱時計。ツリーに飾られる、天使のオーナメント。おばあちゃんがくれた棒キャンディ……さりげない小道具の数々が、後に伏線として思いがけない意味を持ってくるので、目が離せません。


やさしき冒険者・
クララのリアル。

クララは、『不思議の国』のアリスのように、異世界に自分から飛び込んでいく勇気ある女の子として描かれています。この日、クララを演じた塚田真夕は、不安も嬉しさも、全身からあふれ出すよう。自然な感情表現と高いテクニックが結びつき、力強く冒険の旅へと導いてくれました。
圧巻は、真夜中のシーン。クララがドロッセルマイヤーにもらったくるみ割り人形を取りに、クリスマスツリーの下へ行くと、巨大なねずみが現れて人形を奪い、時計の中へ消えてしまいます。クララは恐怖のあまり、今のは夢だと自分を納得させて寝室に戻りかけますが、大事な人形を取り戻すため、勇気を振り絞って時計の中へ飛び込みます。ドロッセルマイヤーの魔法でみるみる巨大化するツリー、くるみ割り人形率いるおもちゃの兵隊たちとねずみたちの戦争……その後の展開は息もつかせません。


くるみ割り人形を踊ったのは石橋奨也。手足をぴんと伸ばした人形振りのままで高いジャンプを繰り返し、俊敏に動き回るねずみたちと激しく戦います。大砲が火を噴き、スプーンの投石器からチーズ弾が発射され、兵隊が倒れ……おもちゃめいてはいるけれど、緊迫した音楽とともに展開する戦闘シーンは悪夢のよう。クララの必死の加勢でねずみ軍が敗走した後、少しずつ高みへ上っていくような美しい音楽とともに、クララ、くるみ割り人形、ドロッセルマイヤーの三人は人形の国へ向かいます。石橋と堀内に放り投げられるように高くリフトされつつ、終始とびきりの笑顔を見せていた塚田の姿が印象的でした。このシーン、音楽と幕を照らす照明の効果もあいまって、超高速で時空を移動するかのような疾走感があります。幕が落ちると、そこは一面の銀世界。雪の女王(長尾美音)と王(山田博貴)を中心に繰り広げられる粉雪の群舞は、この作品きっての見どころです。


バレエならではの高速移動や
宙を泳ぐ感覚。

このシーンで奏でられるのは名曲「雪片のワルツ」。熊川版のテンポは非常に速く、振付にはメリーゴーラウンドのように回りながらのジャンプや小刻みなステップ、美しいポーズがこれでもかというほど散りばめられています。次々と変化する隊形は雪の結晶や吹雪を思わせ、少しでもタイミングがずれれば成り立たない精緻な群舞を、この日のダンサーたちは見事に踊り切りました。
トウシューズでの高速回転や宙を泳ぐようなジャンプは、鍛え上げられたダンサーにしかできません。けれど、劇場でバレエを観ていると、音楽とひとつになる感覚や、まるで自分も一緒に踊っているような幸福感を味わうことがあります。この日の「雪」のシーンはまさにそれでした。


第二幕では、ついにクララが人形の国の呪いを解くてんまつが描かれ、「花のワルツ」の典雅な響きの中で、ねずみにされていたマリー姫(飯島望未)が美しい姿で目覚めます。互いに見つめ合って踊る、姉妹のようなマリー姫とクララ。長い手足を妖艶にしなわせて舞うアラビア人形、床がえぐれそうなほど深く踏み込み、豪快に宙を舞うロシア人形の踊りなど、第二幕は幸福感あふれるダンスの宝庫。最大の見どころはやはり、りりしい王子の姿に戻ったくるみ割り人形とマリー姫のパ・ド・ドゥ(二人の踊り)でしょう。
二人が踊るゆったりとしたアダージオは、「ドシラソファミレド」というシンプルなメロディの繰り返しでできているのですが、幸福な夢の終わりを思わせる美しさがあり、曲の高まりとともに姫が王子の腕に飛び込むフィッシュダイブなど、華やかな技が次々と決まります。飯島のマリー姫は、あたたかな血の通った愛らしいお姫様。繊細な足さばきが要求されるマリー姫のソロは、指先やつま先から、光の粒がきらきらとこぼれ落ちるかのようでした。




魔術師ドロッセルマイヤーという
大人の視点。

熊川版『くるみ』で大活躍するのがドロッセルマイヤー。クララと踊るパ・ド・ドゥもあり、ダンサーによっては闘う魔術師のカッコよさも大いに感じさせてくれる役ですが、今回堀内が演じたドロッセルマイヤーは少し違っていました。忍者が気配を消すように、怪しげなオーラは完全に内に秘められるので、単なる子ども好きのおじさんにも見えるけれど、必要とあらば強烈なエネルギーを放出。その変幻自在さとクララへの優しさが魅力的でした。彼は魔術師ではあるけれど、自分で人形の国を救うことはできず、純真無垢な心をもつクララを見守り、自分から動いてくれるのを待つしかないのです。ドロッセルマイヤーという大人の視点も、この作品をより深く楽しむ切り口かもしれません。
幸福な子ども時代は、いつかは終わるかもしれない。でも、僕たちと旅した冒険の世界は、いつでもきみの心の中にあるよ――。
クララを抱き上げ、そっと現実世界のベッドに戻すドロッセルマイヤー。ふと彼のそんな声が聞こえた気がしました。

2023年9月~2025年12月までの2年間を25周年記念シーズンとし、2024年秋の新作『マーメイド』をはじめ、充実した公演活動を行ってきたK-BALLET TOKYO。2025年1月には『シンデレラ』、3月に『海賊』、5~6月には『白鳥の湖』等の上演が決定。9月に発表予定の『パリの炎』など、新作のグランドバレエにも注目していきたいと思います。



取材・文/坂口香野

掲載日:2024年11月28日



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