縦横無尽の活躍を見せるバンドネオン奏者、三浦一馬がクラシック界の精鋭たちと珠玉の映画音楽を奏でる『バンドネオン・シネマ』が東京と大阪で開催される。三浦一馬と、ヴァイオリニストの西江辰郎に公演に向けた意気込みを聞いた。
三浦 はじめて映画音楽をテーマに公演を行なったのは2014年で、今回はそのリニューアル企画になります。バンドネオンというとピアソラやタンゴというイメージがすぐに浮かびますが、決してタンゴ専用の楽器というわけではありません。そう思ったときに、やはり多くの方に親しみをもって聴いていただけるのが映画音楽だろうと。
バンドネオンと弦楽5部(ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)、そしてピアノという楽器編成は、2014年のスタート時から変わらない。
三浦 バンドネオンってじつは管楽器的な響きがする楽器だと思っているんです。実際に楽器の中を開けてみるとハーモニカのような構造になっていて、人間の息のかわりに蛇腹から空気が送り込まれて音が鳴る。右手はフルートやピッコロのような高音、左手はファゴットのような低音が鳴るので、そういった音色の違いも活かしながら、バンドネオンを管楽器的に使おうと考えました。弦楽器とピアノと合わせれば、それだけで小さなオーケストラになりますよね。
西江 私は今回が初参加になりますが、バンドネオンと弦楽はとても相性のいい組み合わせだと思います。さらにピアノが入ることで、ときにバンドネオンが和声から抜け出してメロディを受け持つこともできますし、逆にピアノが受け持つことも。低弦のコントラバスの支えもありますから、リッチなサウンドから繊細なサウンドまで、広いダイナミックレンジをもったアンサンブルが可能になるのでしょう。
プログラムにはヘンリー・マンシーニ「ムーン・リバー」(映画『ティファニーで朝食を』より)、エンニオ・モリコーネ「ニュー・シネマ・パラダイス」(同名映画より)、ニーノ・ロータ「愛のテーマ」(映画『ゴッドファーザー』より)など、誰もが口ずさめるようなメロディが並ぶ。
三浦 映画音楽の歴史を考えたとき、自然とこの3人の巨匠たちが頭に浮かびました。昔の映画って、全編にわたってサウンドトラックがついているわけでもなく、セリフだけで音楽はついていないシーンも多い。それだけに、象徴的に音楽が使われるシーンがひときわ印象に残りますよね。
西江 人の記憶に残りやすいのは、たしかに誰もが口ずさめるメロディですが、そのメロディの雰囲気を表わすのは和声だったりします。同じメロディでも、下につく和声によって感じ方が違ってきますから、そこは今回のアレンジによって見えてくるものも変わるのかなと。
三浦は日頃より、みずから楽曲のアレンジを手がけることが多いが、今回も一部を除いて三浦がアレンジするとのこと。
三浦 アレンジにはいくつかのパターンがあって、ひとつは完全に自分の新しい解釈を入れていくパターン、もうひとつはオリジナルの楽曲を尊重するパターン。後者のなかでも、そのときどきの編成に合わせて楽器を置き換えていくことが、私のアレンジでは多いように思います。ですから大編成のオーケストラで演奏された曲を室内楽編成で演奏するときも、できるだけオリジナルに忠実に、大きいサイズを小さいサイズへと落とし込んでいきます。今回のコンサートに向けて、いちばんいい響きを出せるよう、アレンジをがんばろうと思います。
『バンドネオン・シネマ』以外のプロジェクトでも共演を重ねてきた三浦と西江。お互いをどのような音楽家だと思っているのかを最後に聞いた。
西江 バンドネオンの表現の仕方や音色からいろいろと学ぶところがあるので、弦楽器にもそのエッセンスを取り入れてみたいなと思います。これイイな!という発見が毎回あるのが、三浦さんとの共演の楽しみのひとつですね。心配りのある方なので、本番ならではのアプローチもどうなるかとワクワクします。
三浦 西江さんは、じつに細かいところまですべてをちゃんと見渡して、どこをどう演奏するかを詰めて考えてあるけれど、そのうえで、本番のステージでは思いっきり音楽を楽しんで、その瞬間にしかない音楽を作り出すアーティストでもあります。いい意味で遊びがあるというか、大人の余裕をもっていらっしゃるところが本当にカッコいいです。
三浦と西江以外のアンサンブルメンバーは、東京公演と大阪公演でそれぞれ異なる。そういった意味でも、一期一会の音楽との出会いを楽しんでいただきたい。
取材・文/原 典子