2017年、高校2年生在学時に出場した第86回日本音楽コンクールにおいて、最年少での優勝を果たした俊英ピアニスト、吉見友貴。2019年にはCHANEL Pygmalion Days Artistに選出されて全6回のリサイタルを行い、2020年12月には日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に出演、また2023年にはチェロの水野優也と共演したブラームス《チェロ・ソナタ第2番》ほかの録音がリリースされて話題を呼ぶなど、近年ますます注目を集めている。
そんな吉見は、今年5月にデビュー・アルバム『リスト:ピアノ・ソナタ』(COCQ-85625)をリリース。「ピアノ・リサイタル - CHOPIN / LISZT -」を8月29日(木)京都・バロックザール、9月1日(日)に東京・銀座 王子ホールにて開催し、リスト《ピアノ・ソナタ ロ短調》をメインとしたプログラムを披露する予定だ。
そこで今回は、自身初のソロ・アルバムとリサイタルの話題を中心に、選曲へのこだわりや演奏家として心掛けていることなどについて、じっくりと伺った。
◆名刺代わりの1枚
――このたびはアルバムのリリース、おめでとうございます。今回はいわゆる「ドイツ3B」(バッハ、ベートーヴェン、ブラームス)の楽曲とリストの《ピアノ・ソナタ ロ短調》を中心とした1枚となっていますね。選曲のコンセプトを教えていただけますか?
まず、初めてソロ・アルバムを録音するにあたって「吉見友貴」の名刺代わりになる曲はなんだろうと考えたときに、リストの《ピアノ・ソナタ ロ短調》は絶対に入れたいと思いました。と言いますのも、これは長い間弾いてきた作品で、コンクールを受けるときのプログラムにも欠かさずに入れてきた曲なんです。そして、リストはハンガリー生まれでありながらドイツ音楽の系譜の中にいる作曲家でもありますから、そこを組み合わせてみたいなと思い、「ドイツ3B+リスト」というプログラミングになりました。
――しっとりとした表情のバッハ(ブゾーニ編)のコラール前奏曲BWV639がヘ長調主和音で結ばれた後に、ヘ長調のベートーヴェン作品が続くあたり、選曲もよく練られていますね。
ありがとうございます。やはりCDといっても、例えばショパンのバラード全曲だとか、スケルツォ全曲といったかたちではなく、1つのリサイタルのような選曲にしたいなと思い、そうした構成を意識して作品を選びました。
――アルバムにはベートーヴェン《創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調》とブラームス《パガニーニの主題による変奏曲第1集》が収められています。こうした変奏曲作品と向き合うとき、どんなことを考えていらっしゃるのでしょう?
取り上げたベートーヴェンとブラームスの作品は、どちらも変奏曲ではありますが、全く違う種類の曲だと感じています。ベートーヴェンの《創作主題による6つの変奏曲》は、変奏ごとに調性が変わっていく異色の作品です。この曲では、ベートーヴェンの色々な種類のユーモアが各変奏に息づいていると思います。モーツァルトっぽく感じられるところもあれば、いかにも「ベートーヴェン」という感じのところもある。したり顔で他の作曲家の真似をしているようなところも。そうしたユーモアを描こうと心掛けて演奏しました。
一方、ブラームスの《パガニーニの主題による変奏曲》は、まさにヴィルトゥオーゾのための、弾くこと自体が難しいような作品なのですが、それをただ「技巧的な曲」として聴かせるのではなく、ブラームスならではの重厚な響きをいかにして生み出していくかを模索しながら勉強したつもりです。
◆人生が反映される曲――リスト《ピアノ・ソナタ》
――ヴァイオリンの名手パガニーニが遺した旋律をテーマに書かれた変奏曲から、今度はピアノのヴィルトゥオーゾであったリストのソナタへ、という流れも綺麗ですね。
そうですね。ただ、リストは確かにピアノのヴィルトゥオーゾかもしれませんが、私はこの曲を「ザ・リスト」という感じの超絶技巧曲だと思ったことはないんです。初めて弾いてからもう7年くらいになるのですが、この作品は「自分=演奏者自身の人生」が反映される曲だと感じています。
17歳のときに初めて弾いて以来、おそらく毎年どこかのタイミングで弾いているのですが、やはりその時々で思うこと、感じることが違います。今、ちょうどこの作品を勉強し直しているのですが、すでに今年1月のレコーディングのときとは違ったことを感じる箇所がいたるところにあるんです。演奏者自身の経験や人生――人生といっても私はまだ全然先が長いと思っているんですけれども(笑)、今までどう生きてきたのかが露骨に反映される曲なのではないかなと。9月のリサイタルでの演奏もCDとは全く違ったものになると思います。
――リストのソナタを最初に弾かれたきっかけは?
最初に弾いたのは日本音楽コンクールの3次予選でした。やはり何といっても、リストのソナタはかっこいいじゃないですか。とにかく感動的な作品ですし、最初のソの音を弾いた瞬間から最後の音を弾くまでノン・ストップというピアノ・ソナタも、当時としては珍しいですよね。そのかっこよさにずっと惹かれていて。3次予選に向けて大曲を用意することになったときに「リストのソナタを絶対に弾きたい!」と半ばごり押しで上野久子先生に伝えました(笑)。先生も「わかったわかった、やりなさい」という感じで仰ってくださって。それ以来、ずっと弾き続けている作品なんです。
――CDはその後〈エンブレイサブル・ユー〉で締めくくられます。これは《ラプソディ・イン・ブルー》で知られるアメリカの作曲家ガーシュウィンが手掛けたジャズの名ナンバーを、アール・ワイルドがピアノ独奏用に編曲したものですね。
CDを1つのプログラムとして考えたときに、最後にアンコール風に置きたいなと思って録音しました。ニューイングランド音楽院で学ぶためにボストンに移ってからもう3年になるのですが、せっかくアメリカに来ているのに、ドイツものばかり弾いてるピアニストと思われたくはないので(笑)、アメリカの作品も演奏してみようと。私の周りにもジャズ科の学生はたくさんいますし、アメリカの学校には基本どこでもジャズ科があるので、隣の練習室からジャズがバンバン聞こえてくることもあります。それもあって、やはり自分もそうしたアメリカらしいジャンルを弾きたいと思い続けていたんです。
◆作曲家の人生を描くショパン・プログラム
――8月と9月のリサイタルの前半には、ショパンの作品を演奏されますね。
ボストンに移ってからはドイツものを弾くことがとても多かったのですが、ショパンも長い期間をかけて色々な作品を弾いてきました。そこで、同時代に生まれたリスト(1811~86)とショパン(1810~49)の作品を並べた曲目をぜひ演奏したいと思って、前半はオール・ショパン・プログラムにしました。
――《バラード第1番》に始まり、《ロンド》op.16、《ノクターン第3番》、《スケルツォ第3番》を経て《幻想ポロネーズ》で締めくくられるというプログラムですが、作品はどういったコンセプトで選ばれたのですか?
後半のリストのソナタが「演奏者自身の人生」を反映するとするならば、前半は「ショパンという作曲家の人生」に焦点を当ててみたいと思い、曲順もこだわって決めました。
個人的に《バラード第1番》から始まるリサイタルのプログラムって素敵だなと思うんです。ドの音のユニゾンで始まるのは、なかなかパンチがあると言いますか。その《バラード第1番》はショパンが祖国ポーランドを離れて、ウィーン、そしてパリに移っていく頃(1831年)に着手した作品です。では当時のショパンはどんな音楽を書いていたのか。それを《ロンド》と《ノクターン第3番》でお聴きいただいたうえで、最終的にどういった音楽に行きつくのかという流れも描いてみたいと思い、晩年の1846年に出版された《幻想ポロネーズ》を最後に演奏するかたちにしました。特にこの《幻想ポロネーズ》は今回絶対に弾きたいと思った作品です。
◆「どこまで壊さないか」が大事
――《幻想ポロネーズ》のどんなところに惹かれますか?
これは《幻想ポロネーズ》に限った話ではないのですが、ショパンの晩年の作品には独特の音楽的な「霊感」がものすごく反映されていると感じるんです。「ロマン派」というよりも「ショパン」というカテゴリーの中の作品と言いますか。とても美しいものなんですけれど、指を1本触れただけで全てが壊れてしまいそうな……そういった危うい美しさが、晩年の作品からは特に強く感じられます。それはショパンの音楽的な霊感がものすごく高まってきているからなのだろうなと、演奏するたびに思います。
――その「霊感」を演奏で表現する上で、何が大事だと思いますか?
難しい質問ですが、霊感を表現するのに大切なことは、やはりその霊感をどれだけ自分が感じられるかだと思いますね。もちろんどの作品においてもそうですが、特に晩年の作品は、音を弾くだけでもあるていど音楽が完成していますから「どこまで壊さないか」が大事なのではないかと思います。演奏家は誰でも「自分がやりたいこと」をたくさん持っていると思いますが、それをどれだけ減らせるか。いかにしてその音楽だけを浮かび上がらせることができるか、それが一番大事なのではないかと。
私たち演奏家が前面に出るのではなく、作曲家が遺した「音楽」を全部出すこと、それが演奏の本質だと思うのです。ですから、聴いてくださる方にも「吉見さんの演奏がよかった」と思っていただくよりも、「この曲を弾いてくれてありがとう」と思っていただけるのが一番幸せなことだと思います。演奏家よりも「音楽」が上にいないといけないんです。それはいつでも、どの作品を弾く場合でも同じだと思います。
――リサイタルにお越しくださる皆さんにご注目いただきたいポイントなどはありますか?
こうした質問はよくいただくのですが、私はあまり限定したくないなと考えているんです。以前、ある映画監督が「私がつくる映画の見どころは絶対に限定したくない。そこだけを見られたくない。全てが見どころだし、その見どころは見る人が全部決めるものだから」と仰っていて、その言葉に深く感銘を受けました。音楽も全く一緒で、例えばもし私が「この曲のこの部分が聴きどころだ」と思って弾いていても、きっと人それぞれ感じ方は違うと思うのです。ですから、聴きに来てくださったお客様が「いい音楽を聴けてよかったな」「いい一日だったな」と、そう思ってくだされば、それが一番嬉しいですね。
――それでは少し角度を変えて、演奏家目線でリストとショパンの音楽の違いはどういったところにあると思いますか?
これは、特に私が今回選んだ作品においてですけれども、リストの音楽が「人間的な内面が見えるもの」だとすると、ショパンの楽曲は人間が作ったとは到底思えない「精密な硝子細工のような音楽」だと思うので、そこを皆様にお伝えできればと思っています。
――今後の目標は?
引き続き、色々な作曲家の作品に取り組みたいですね。今まであまり触れてこなかった作曲家、例えばシューベルトやモーツァルトの作品や、コンテンポラリーなものもどんどんやっていきたいです。今回録音したブラームスも、室内楽作品はもうほぼ全部弾いたのではというくらいにたくさん演奏しているのですが、ソロの作品は《パガニーニの主題による変奏曲》しか弾いたことがないんです。今後は後期の作品なども弾いていけたらと思っています。
取材・文/本田裕暉
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