クラシック

【インタビュー】朴葵姫│ギター・リサイタル「BACH」

【インタビュー】朴葵姫

【インタビュー】朴葵姫

クラシック・ギターの多様なレパートリーを颯爽と弾きこなし、表情豊かに届ける朴葵姫。これまでスペインや南米作品を中心としたアルバムを多く手がけてきたが、デビュー14年目にして初のJ.S.バッハの作品に臨む。4月24日にはアルバム「BACH」をリリースし、5月12日(日)東京・紀尾井ホールでのリサイタルを含めたツアーも行う。今、バッハに向き合おうと思った理由とは?

「バッハは、音楽家の誰もが憧れる存在だと思います。彼の音楽は、私にとっては聖書のような存在です。聖書は現存する書物の中でもっとも解釈が難しいとされ、学者が一生を捧げて研究して、その意味を解くことに挑む。それでも“正解”はありません。バッハ作品も音楽家にとってそうした存在で、演奏者やその人の年齢、経験値などによって、解釈がまったく違います。もっとも多様な解釈が存在する音楽であるという意味でも、貴重な作曲家ですね。私もいつかは絶対にバッハを弾きたい、という思いがずっとありました。今回、本当に自然な流れで、今こそバッハの音楽を皆さんと共有したいと思うようになり、取り組むことにしました」

スペインに留学中にコロナ禍が世界を襲った。日本への帰国はままならず、韓国での活動もスタートさせた朴。新たな展開が、バッハという“聖書”に向かわせた面もあるのだろうか。

「韓国では日本よりギタリストの数が少なく、初めてギター音楽をお届けする場面が多いため、たくさんのホールで演奏させていただき、いろいろな音楽家とのコラボも増え、本当に多くの経験をしています。そうした中で、どこか自分の中で“原点に戻りたい”という気持ちや、本当に自分がやりたかったことを見直す時期が来たと感じたのです。それが、バッハの作品に向かう流れになったというのもありますね」

アルバムもリサイタルも、一曲目はバッハがリュートのために作曲した「前奏曲、フーガとアレグロ」BWV998で開始する。リュートとギターとは近しい楽器なのだろうか。

「一説にはリュートからギターが生まれたと考えられているほど、二つの楽器は弾き方がよく似ています。バッハの時代にもリュートだけでなくクラシックギターがあったら、彼はきっとギターのためにも作品を書いたかもしれませんね。ギタリストはバッハのリュート組曲をよく演奏しますが、中でもBWV998はコンパクトな作品です。冒頭から聴いた瞬間に気持ちが穏やかになる、バッハ特有の調和的で安心する曲想です。今回初めてバッハをお聴かせするなら、この曲からスタートしたいと思いました」

無伴奏ヴァイオリンのために書かれた「シャコンヌ」とソナタ第3番も、朴のアルバムで聴くギター・バージョンには、独特の深みや豊かな音の広がりが感じられる。

「ギターはチェロの音域に近く、原曲がヴァイオリンの場合は1オクターブ低く演奏されます。また、ヴァイオリンは弓で弦を弾きながら音を大きくしたり、息の長いフレーズを歌うことのできる楽器ですが、ギターは一度弦をつまびいたら、音はそのまま減衰してしまいます。そうした違いはありますが、ギターの強みは和音を奏でられることです。和声楽器であるギターによって独奏ヴァイオリンのためのメロディーを演奏する際には、バッハはきっとこういう和音を付けたかったのではないかな、という響きをイメージしながら弾きます。和音を付けると倍音が豊富に鳴り、音を減衰させずに繋がっているように聞かせることができます。とくに『シャコンヌ』は、とてもドラマティックで感情豊かな音楽でもあるので、多くのギタリストたちが演奏しながら音を付け加えてきました。原曲とは違った響きの豊かさを感じていただけると思います」

リサイタルの後半では、バッハ以外の作品も取り上げる。選曲のポイントは?

「バッハと繋がりのある曲たちです。バッハと同じバロック時代を代表する作曲家としてもう一人、スカルラッティのソナタを取り上げます。20世紀前半に南米で活躍したヴィラ=ロボスとバリオスも演奏します。彼らはバッハに強い憧れの気持ちを持っていました。“バッハ讃歌”のような気持ちで曲を書いているんですね。とくにバリオスの『大聖堂』の第2楽章・第3楽章は、モチーフになったモンテビデオ大聖堂をバリオスが訪れた際、礼拝でバッハのオルガン曲が流れていて、それをイメージして作曲されました。後世におけるバッハの影響も一緒にお届けしたいと思い、選んだプログラムです」

会場となる紀尾井ホールは、響きの美しい室内楽ホールとして定評がある。ギターの名匠ダニエル・フレドリッシュによる朴の愛器を聴くのも楽しみだ。

「紀尾井ホールはギタリストがソロで演奏できるホールの中でも最上級だと思います。800人もの多くの方に、マイクなしでギターの音を届けられるホールは、世界中を探してもなかなかありません。紀尾井ホールでの演奏は、不思議な感覚と驚きに満ちた時間となるので、いつもすごく楽しみです。私の尊敬するギタリストたちも演奏されているステージに、自分も立てるようになったことは改めて感無量ですね、胸が熱くなります」

バッハの音楽は、ジャンルの垣根を超えて人々の心に届くはずだと朴は語る。

「バッハというと、少し堅苦しいイメージがあるかもしれませんが、何の予備知識なく聞いても、誰が聞いても美しさがわかる音楽だと思います。心を休めたいという思いだけでも十分に楽しめるコンサートとなると思うので、ぜひたくさんの方に起こしいただきたいです。その気持ちが伝わるように、私もしっかり丁寧に仕上げていきたいと思っています」



取材・文/飯田有抄



「朴葵姫 ギター・リサイタル「BACH」」公演情報│ローチケ[ローソンチケット]

【インタビュー】朴葵姫
【インタビュー】朴葵姫│ギター・リサイタル「BACH」