和楽器の新たな可能性を開拓し続けている箏奏者のLEOが、最新アルバム「GRID//OFF」をリリース。そのアルバム発売記念公演が開催される。今回のアルバムでは、固定概念や既存の枠を超え、オリジナリティあふれる新しい世界観の構築を目指したという。そのサウンドを、どのようにステージで響かせるのか。話を聞いた。
――3月にリリースされた「GRID//OFF」は、どのようなアルバムなのでしょうか?
これまでのアルバムでは、例えばクラシックの作品では、箏ならではの表現と重なる部分を見出して作っていくことを意識していました。箏曲や日本の音楽以外のレパートリーを演奏するうえで、どうすれば箏らしさをちゃんと見出せるのかをずっと考えていました。
でも今回のアルバムでは、いったんその考えを取り払いました。箏らしさという枠からも外れて、今自分がすごく好きで、皆さんに届けたいと思っている音楽をピックアップしました。僕自身、音楽のファンで、いろいろなジャンルを聴くんです。「GRID//OFF」というタイトルは、まさに箏らしさの枠から外れるような、ジャンルにとらわれずに好き勝手にやってしまおう、という気持ちからつけたものですね。その気持ちが、このアルバムのスタート地点でした。
――LEOさんにとって、ひとつの新境地となるアルバムなんですね。制作過程で得られたものやご自身の中での変化はありましたか?
本当にいろいろなアプローチをしました。トリオ編成でライブ感のある音楽や、エレクトロの要素を取り入れたり。今回はご一緒しているアレンジャーの方々も同世代の方が多く、コラボしていてとても刺激的でした。このアルバムを通して、自分自身がいろいろなアプローチを知ることができましたし、本当に引き出しが増えました。その一つ一つが、今後のライブにつながる大きな糧になったと思います。
――特に大きなインスピレーションを受けたものはなんでしょうか?
ジャズ界隈からのインスピレーションは大きいですね。もともと高校生くらいから聴いているんですけど、最近ますます若くて新しいアーティストから特に刺激を受けています。クラシックは譜面から作曲家のことを読み解いていくものが多いですが、ジャズは即興性を大切にしていて、全然違ったアプローチなので面白いです。今回のアルバムの曲も、ツアーでやっていく中で、その公演ごとに変わる即興性のような楽しみもあります。
以前は、箏奏者として箏の魅力を伝えたいと思っていましたが、今は自分が表現したい音楽を伝えるのに、最適なツールがたまたま箏だった、という感覚に変わりました。自分が箏奏者であること以上に、1人の音楽家として表現したい気持ちが強くなってきたんだと思います。
――アルバムの楽曲について、特徴的なところを少しだけご解説いただけますでしょうか?
アルバム1曲目の「DEEP BLUE」はトリオ編成ですが、ジャズのトリオとはまた違うんですよ。ジャズトリオの場合、パーカッションが入ることが多いと思いますが、今回はチェロ、ピアノ、箏という編成でやっています。クラシックのバックグラウンドがある伊藤ハルトシさん(チェロ)、ロー磨秀さん(ピアノ)とご一緒できるので、クラシック奏者ならではの呼吸で合わせていく感覚を活かしたいと思ったんです。パーカッションが入って一定のリズムで合わせる感覚とは異なる、グルーヴが面白いところだと思います。
また坂本龍一さんの「Andata」では、網守将平さんに編曲していただき、箏の生音のほかにシンセサイザーをガッツリと使っています。電子楽器はやはり生音をかき消してしまうので、僕も昔は抵抗感がなかったわけではないです。でも、一度その感覚を取り払ってしまうと、本当に開放されました。箏の自然で素朴な音色と、ディストーションのかかったようなシンセサイザーの音が合わさって、非常に興味深いんです。ある種のいびつさ、グロテスクさもあって、アルバムの中でも印象的な曲になったと思いますね。
また今回はアルバムラストの「松風」という曲は、ダンサーの田中泯さんとコラボしたときに書いた自作曲ですが、エフェクターをつけ演奏しています。エフェクター自体は、もう3~4年くらいコンサートでは使用しているんですけど、生音と加工のバランスのいい塩梅が自分の中でも見えてきたので、レコーディングで今回初めて活用しました。生音だけでは表現できない重なり方を表現できるので、これからもっとサウンドの引き出しを増やしていきたいですね。
そして、アルバムを通して、変拍子の曲ばかりなんです(笑)。僕のオリジナル言語となりつつあるといいますか自分の音楽の特徴のひとつでもあるので、その独特なグルーヴ感もライブで体感していただきたいですね。
――アルバムを聴かせていただきましたが、ふと手を止めて聴き入ってしまうような没入感がありつつ、楽曲の幅広さもあって、これまでになかった箏の可能性を感じられるとても魅力的な1枚になっていると感じました。LEOさんが制作の中で核にしていたもの、モチベーションとなっていた気持ちはどのようなものだったんでしょうか?
自分だけの音楽の世界が欲しい、というのが一番の目標だったので。様々なアプローチや、アレンジャーさん・共演者の方々とのコラボを通して、進んでいけたように思います。
先にも触れたとおり、このアルバムに関しては”箏らしさ”を一切考えていないので、箏らしく聞こえさせようと思って演奏・アレンジをしていないんです。でもとある方から、「どの曲を聴いても全然違う音だけど、やっぱり箏の音で安心感があった」という感想をいただいて。箏とは馴染みの無い音楽でもそう感じてもらえるのは、やっぱり箏の魅力がちゃんと出ているからなのかもしれませんし、そう言っていただけたのは嬉しかったですね。
――アルバムの発売記念公演はどのようなステージになるのでしょうか?
大阪での公演はロー磨秀さん(ピアノ)、伊藤ハルトシさん(チェロ)と、トリオでお届けします。チェロ、ピアノとの編成では4月にブルーノート東京でも演奏しましたが、会場のサウンドが全く異なるので、今回はコンサートホール仕様にアレンジもまたすべて変えようかと思っています。この編成はトリオとしての手ごたえもありますし、またメンバーもすごく相性が良くて。音楽的な感覚を共有できるメンバーなので、即興性や自由さのある演奏をお楽しみいただけると思います。
東京は大阪公演とまったく違う編成で。木村麻耶さん(箏)、山澤慧さん(チェロ)、網守将平さん(シンセサイザー)、有馬純寿さん(エレクトロニクス)とご一緒させていただきます。吉松隆さんの作品や、網守さん、坂東祐大さんにそれぞれ書き下ろしてもらった作品の初演も予定しています。また、坂本龍一さんの作品「Andata」は、箏奏者4人と網守さんのシンセサイザーによるスペシャルな編成で演奏したり、木村麻耶さんとデュオでライヒのNagoya Marimbasも披露します。箏の自然な音と、機械的で人工的な美しさの対比が目玉になってくると思いますので、ほかではなかなか聴けないプログラムを楽しんでいただきたい公演ですね。
――以前、ファッションがとてもお好きというお話をうかがったのですが、最近の好みなどはいかがでしょうか? ファッション以外でも、プライベートの時間で刺激になっているものはありますか?
実はファッションではあまり冒険しなくなったんですよ。ここ2年ぐらいは安定したというか。…というと、奥でスタッフが笑っていますが(笑)。確かに、冒険的な服は買っているんですけど、自分のスタイルとしては確立されていて。最近はファッションで面白いと思うよりも、自分以外の音楽アーティストに対して面白いとか新しい発見をしている機会が大きいですね。
あと先日、少しコンサートが落ち着いていたので温泉に旅行に行ったんです。森の中にある自然豊かな旅館で、パソコンやスマホ、楽器も持たず、テレビもないところだったので1日中温泉に入っていて、すごく自然の心地よさを感じました。それが自分の中でもすごくデトックスになって、今の自分の活動をどうやって次につなげていきたいかとか、広い視野で考えたり、すごく考えがスッキリしたように思いますね。
ファッションにしても音楽にしても、冒険の方向性は定まっていて、ちょうどそれを整理できたようなタイミングが今なんだと思います。
――今後のご活躍も楽しみにしています! 最後に、これからのビジョンをお聞かせください
自分のオリジナリティを磨いていきたいですね。自分には邦楽の要素とクラシックの要素が軸としてあって、そこにジャズのインスピレーションを受けながら、その上で音楽家としてのオリジナリティをもっと磨きたいと思っています。ここ数年の目標でもあったんですけど、今回のアルバムの世界観は、そういうオリジナリティが出せたのではないかと自負しています。その世界観をどんどん広げていって、今後は海外進出なども視野に入れていきたいですし、その世界観を色んな音楽家と共有できるようにブラッシュアップしていきたいですね。
取材・文/宮崎新之
LEO│箏リサイタル 2023 ~GRID ON //GRID OFF~ 公演情報