クラシック

【インタビュー】パク・キュヒ

【インタビュー】パク・キュヒ

パク・キュヒ

クラシックギターのトップランナーのひとり、パク・キュヒが東京・紀尾井ホールにてリサイタルを開催する。2021年にリリースした初セルフプロデュースCD「Le Départ」がCDショップ大賞2022・クラシック賞を受賞、4月12日には、ライブアルバム「The Live」のリリースも控え、今まさに大きな注目を集めている。彼女はどのような心境でリサイタルに臨むのか。話を聞いた。


――今回のコンサートはどのようなものをイメージしていらっしゃいますか?

今回、私がイメージしているのはヴィルトゥオーゾです。私も10年以上コンサート活動を続けてきましたが、今まで自分が積み重ねてきたことを改めてきちんと表現できたらと思うようになりました。今回のコンサートのためにちゃんと準備をして、真剣に、丁寧に、そして誠実にやっていることを演奏を通じてお伝えしたいと思ったので、今回のプログラムはちょっと重みのあるものになっています。それをちゃんと説得できるようなものにしてお届けしたいですね。


――2020年にデビュー10周年を迎えた際には、セルフプロデュースCDのリリースなどもありました。ひとつの節目を超え、ご心境の変化などはありましたか?

コロナ禍の影響は大きかったように思います。すごく自立的になったように思いますね。私だけでなく、アーティストのみんなが1人でもできるようにしていかないとダメなんだな、という危機感を覚えているので、この期間は今まではやっていなかったことへ挑戦して、自立性の高いアーティストになっていく過程だったように思います。時間もたくさんありましたからね。とはいえ、CDのセルフプロデュースも、プロデューサーの方やエンジニアの方にとても助けていただきました。音作りやテイクを選ぶ際に、すべて1つ1つを自分で決めていったので、そこはすごく時間のかかる作業でしたね。これまでも、こういう苦労をスタッフの方などがしてくださっていたんだと思いましたし、アーティストをやっていただけでは気付けなかった部分に気付くことができましたし、周囲にいてくださる方々を尊敬できる機会にもなりました。大きく成長できる機会になったと思います。


――音作りではどのようなところにこだわりましたか?

あのアルバムは、なるべく響きを使わずにすごくドライな音作りにしました。すごく率直にやってみたくなったんです。それは、レガートの奏法に関係があるんですけど、レガートってとても難しいんですね。ピアノではペダルがあってそういうところも助けられたりするんですけど、ギターにはペダルは無いのですぐに音が途切れてしまう。それが、素晴らしいホールだったりすると、響きの力で、自分の力じゃなくても響いてくれることがあるんです。私はそういうものに助けられすぎているんじゃないか、という気持ちがあって、自分をもう一度疑ってみるところから始めました。セルフプロデュースだからこそ、厳しく、ストイックにやってみたかったんです。


――まっさらな自分の音を、セルフプロデュースの中で求めたんですね。続いて今回のプログラムについても少しお聞きしたいと思います。特徴的な選曲やこだわりはどのようなところでしょうか?

H.ヴィラ=ロボス、A.ヒナステラ、A.ディアベッリといった作曲家は、ギターだけではなくクラシック全般においてすごく有名な作曲家です。なので、きっとクラシック全般をお好きな方にも興味深く、親しみやすく感じられる作曲家じゃないかと思いますね。そういう点では、ギターだけを作曲している作曲家の場合、一般にはあまり知られていない場合がありますが、この3人のような場合だと「ピアノだとこういう曲を書いていたけど、ギターでもこんなに素晴らしい作品を書いていたのか」と聴いていただけると思うんです。今回は、そういう楽曲を中心に選んだので、ギターだけではなく、クラシック音楽の愛好家の方々にも楽しんでいただけると思っています。特にH.ヴィラ=ロボスとA.ヒナステラについては、本当にギターの魅力を極めた作曲家だと思います。H.ヴィラ=ロボスは、ギタリストのセゴヴィアとの出会いによって今回演奏する曲を書いているんです。ギタリストとの合同作業だったので完成度もとても高い。シンプルな和音を使いながらも、独自の和音もあって、それは誰にも真似できないもの。オリジナリティがすごく強いと思います。ほかにも、F.シューベルトの編曲ものやM.ディアベッリ、M.ファリャなど、ギターでこんなに本格的なクラシック音楽を聴けるという機会を、改めてみなさんにお伝えしたいという気持ちでプログラムしています。


――ギターの音色がお好きな方だけではなく、クラシックが好きな方など広い間口で楽しんでいただけるように意識されたんですね。演奏する際にいつも大切にされていることはなんですか?

とにかく丁寧に。丁寧に準備をして、丁寧に音を鳴らす、ということをいつも心がけています。丁寧じゃないとき…こう、大雑把に音楽を作り上げてしまうと、お客さんにもすぐバレるんですよ。お客さんへの礼儀として、丁寧であることは当然ですし、みなさんが見ていないところでも丁寧に準備をしていくことが、私にとっての音楽生活、この活動の源になっていると思います。演奏をしているときはいつも思いますし、コンクールでもそういう気持ちがありました。極端に言えば、準備の時間があまりなくて練習ができなかったこともありました。でも、本番のその瞬間ではうまく演奏できたとしても、結果としていい成績にはなっていないんです。例え本番でミスをしてしまったとしても、地道に誠実に、これ以上はないくらいの準備をしていた時のほうが、結果的にはいい方向に繋がっていたことの方が多いんです。そういうことは、コンクールだけでなく、演奏活動の中でも感じます。だから、とにかくコンサートをたくさんやりたい!というよりは、ちゃんと丁寧に準備ができる時間の中で自分に合った回数でコンサートができたらと思いますね。


――今、改めて感じるギターの魅力とはどのようなものでしょうか?

ギターは両手の指先を使って音を出す、すごく直接的な楽器だと思うんですね。間に道具が無いからこそ、ものすごく繊細で率直な音になると思っています。そしてやっぱり、音色の多様さ。特に、音源だけで聴かれていた方は、ライブで聴いたときに音の違いをすごく感じて楽しいとおっしゃる方多いですね。こんなに多様な音があるんだと驚かれるみたいです。そういう生の芸術という部分が、ギターは特にわかりやすいと思いますね。そこは、小さなお子さまにも伝わるような部分だと思います。


――ご自身も3歳のころからギターを始めていらっしゃいますが、当時もそういう驚きを感じていたのでしょうか?

正直に言うと、3歳の頃は覚えていません(笑)。でも、小学生の頃は自分で爪の管理ができなくて、爪が伸びているときと短いときで音が変わるんですけど、それがなぜなのかわからなくて。なんでこんなに違うんだろう、不思議だな、と思っていたのをよく覚えています。振り返ってみると、ギターの音がすごく素朴で、私に合っていたんだと思います。私はもともとすごく消極的で、クラスの中でもいるかどうかわからないようなおとなしい人だったんです。ギターの音色もたくさんある楽器の中ではそういう性格じゃないでしょうか。でも、その中に秘めているものは多くて、静かにしているんだけども秘めているものが多い感じにとても惹かれたんだと思います。当時、音楽教室に行ってヴァイオリンの音を聴いたときに、すごく華麗だけど、私には派手な音だなと感じたんですよね。


――繊細で素朴だけれど、内に秘めた力のあるギターの音色に子どものころから惹かれていたんですね。ここ最近の過ごし方で、自分らしいと感じるのはどのような時間でしょうか?

私は去年くらいまで、1人の時間が大好きで人に会わずに過ごしていても平気なタイプだと思っていました。でも、この1年間を振り返ってみると、すごく人に癒されていたんだなと気づかされました。友だち、知り合い、いろいろな人との出会いからエネルギー得ていたんだな、と。1人でずっと映画を見て過ごしている自分も、友だちとずっとずっとおしゃべりし続けている自分も、そういう両極端な自分も、自分なんだなと思うように変わりましたね。それはやっぱりコロナ禍で、人に会えないさみしい時間があったからこそ気付けたように思います。


――アーティストとして目指している姿はどのようなものでしょうか?

私はとにかく、信頼できるアーティストでいたいと思っています。今まで来てくださっていたお客さんも、これから新しく聴いてくださるお客さんも、どんなコンサートの場でもみなさんをがっかりさせたくない。その気持ちが一番強いし、それができないことが一番怖いです。一度でもがっかりさせてしまったら、私にはこの世の終わりと思うくらい悲しいですから。みなさんをがっかりさせることなく、ひとつひとつを丁寧に頑張って準備し続けるアーティストでありたい。室内楽でも、ソロでも、オーケストラとの共演でも、このアーティストなら聴いてみたい、行ってみたい、きっといい演奏をしてくれるだろうから、と思ってもらえるような、そういうアーティストになりたいです。私は、皆さんからの「癒されました」というお声がすごく嬉しいんです。言葉じゃなくても、音楽でみなさんの悲しみや苦しみを癒せたということが、本当に嬉しい。音楽にはそういう力があると思いますから、それを届けられるように。それが、私が音楽をやっていて一番良かったと思う瞬間というか、私という人が存在する意味だと感じられるんです。


――今回は東京・紀尾井ホールでのリサイタルとなります。紀尾井ホールには何か思い出はありますか?

私にとっては、高校生のときからずっと憧れのホールでした。日本のトップ、世界のトップの人たちがいろんなコンサートをされているホールで、聴きに行くとやっぱり憧れの気持ちがありましたね。これまでも何度も演奏させていただきましたが、今でもここで演奏できるようになったんだな、と改めて思う瞬間があります。あの頃を思い出して、感動してしまいますね。


――今回のリサイタルも楽しみにしている方がたくさんいらっしゃると思いますので、最後にメッセージをいただけますでしょうか。

いつもお越しいただいて、本当にありがとうございます。お客さんには、本当にただただ楽しんでいただければと思います。何か予備知識ですとか、勉強とか、準備するようなことは何にもありません。そういう苦労は私がすべて引き受けますので(笑)、ステージではその積み重ねたものをのびのびと音にしていくつもりです。ぜひ、楽しんでください!



インタビュー・文/宮崎新之

【インタビュー】パク・キュヒ
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