2018年高松国際ピアノコンクール日本人初優勝、2021年ショパン国際ピアノコンクールセミファイナリスト。2022年にダブリン国際ピアノコンクール第2位を受賞し、活躍の場を広げる古海行子(ふるみ・やすこ)。
2019年に日本コロムビアのOpus Oneレーベルから「シューマン:ピアノ・ソナタ第3番」でCDデビュー。2023年11月29日にセカンドアルバム「リスト:ピアノ・ソナタ」をリリース。12月に大阪、2024年1月に東京で行われる発売記念リサイタルに臨む彼女に話を聞いた。
――最新アルバムには、ピアニストにとってのマスターピースであるリストのロ短調ソナタが収録されています。古海さんにとってどんな作品なのでしょうか?
ずっと憧れてきた作品です。中学生くらいの頃、図書館で調べものをしていて、リストのソナタが使われている「椿姫」を原作としたバレエ「マルグリットとアルマン」のDVDをたまたま観ました。以前から曲は知っていましたが、バレエの音楽はテンポも違うので別物のように感じ、心を奪われたのです。
私は普段、弾きたい曲にはすぐにチャレンジするほうなのですが、この曲は、触るたびに自分の理想に届かないと感じ、本番で取り上げる勇気が出ませんでした。そもそもリストは私にとって近くはない、憧れのような存在です。オープンマインドで華麗なところに、自分にない魅力を感じます。
でも今回2作目のアルバムを録音するにあたり、この機会なら勇気が持てると取り組みました。
――他にもそういう作品はあるのですか?
リストのソナタだけが特別ですね。ズキュンと心に刺さって以来頭の中にあり、憧れた時間が長いぶん、思いも大きくなりました。
はっきりイメージがあったので、録音では難しいと感じたり迷ったりすることはあまりなく、思い描いていた理想に沿って、バレエで描かれる場面、時の流れ、愛、別れや死という人生の物語を核に表現していきました。
ただこれからコンサートで弾くことで、いろいろ変化があるだろうと思っています。主人公がリストのこともあれば、自分になることもあるというように。想像をふくらませながら準備しています。
――リサイタル前半では、J.S.バッハ、シューマンを取り上げます
バッハのイタリア協奏曲はメジャーな作品なので、冒頭に置くにはいいと思いました。またシューマン「謝肉祭」は、主人公なしにいろいろなキャラクターが現れては消えていきます。リストのソナタは、一人の主人公がいて物語をたどるタイプであることから、その対比として選びました。
シューマンの音楽には、痛みや傷も全て携えて前に進んでいこうというエネルギーを感じ、勇気をもらえます。あまり器用ではなかったのだろうな、でもとってもピュアな人だったんだろうな、という共感や愛おしさを感じる、大好きな作曲家です。
――リストからは他に、アルバム収録曲から「愛の夢」第3番という人気曲も演奏されます。以前、メジャーな曲にはあまり関心がないとおっしゃっていましたが、今回はこうした楽曲も演奏してくれますね

実は、コンサートを経験するなかで考え方が少し変わりました。
今後もマイナーな曲は弾きたいですが、やはり多くの方の心に響く作品には特別な魅力があるのだと感じて、気持ちが向いた時には、積極的に名曲を取り入れたいと思うようになりました。名ピアニストが弾いた作品の演奏の歴史に名前を連ねるのも素敵かも、と思うようになったのもあるかもしれません。
一番は、聴いてくださる方に喜んでもらいたいと一層感じるようになったところが大きいですね。
――入賞されたダブリン国際ピアノコンクールはじめ、ここ数年いろいろなコンクールに挑戦され、活動も広がっていると思います。それに伴う心境の変化もありますか?
一緒にコンクールに挑戦したコンテスタントと仲良くなったり、ホストファミリーやスタッフに支えてもらったりする中で、出会いをすごく大切に感じることが増えました。それもあって「人間っていいな」と改めて思うようになりましたね、もともと人間嫌いだったわけではありませんが(笑)。
前よりもっと人に興味を持つようになったことで、今年の後半からは音楽的にも、外に向けて伝えたい気持ちが強くなりました。それで、楽しんでもらうことを意識した曲を選ぶようになったのかもしれません。
――人とのコミュニケーションを意識するようになって、なにか新しいことはありましたか?
なんでしょうね……逆に一人で旅行に行ったり、あとは一人で外に飲みにいってみたいと思うようになりました(笑)。今自分がいる範囲の外に出てみたい、新しい人たちと関わりたいという気持ちが強くなったのだと思います。演奏も変わってくるでしょうかね!?
――“オープンマインド”なリストがより近くなるかもしれませんね
近づけるといいですね(笑)。最近、自分の幅を広げたいと感じているので。これから何十年も活動を続けるなら、積み上げてきたものも大切だけれど、何かをリセットして新しい形態を増やしていくことも必要だろうと思っています。
――東京公演は、例年と同じ浜離宮朝日ホールです
今度で3年目となります。年末年始という同じ季節、同じ場所で自由なプログラムを弾かせてもらえるのは、本当にありがたいことです。公演に向けての準備やこうしたインタビューも、自分を見つめ直す良い機会になっています。
今回は初めて同じプログラムで全国いくつかの都市を回ることができるので、その経験を通じてどう自分の演奏が変わっていくのかも楽しみにしています。
取材・文/高坂はる香
古海行子 ピアノ・リサイタル「Liszt」 公演情報│ローチケ[ローソンチケット]