クラシック

【インタビュー】徳永兄弟

【インタビュー】徳永兄弟 左(兄):徳永健太郎
右(弟):徳永康次郎

徳永兄弟


日本とスペインを行き来しながら、フラメンコギターの次代を担うニュースターとして注目を集めているフラメンコ・ギター・デュオの徳永兄弟。11月23日にはメジャーデビューアルバム「NEO FLAMENCO」をリリースし、11月 からは愛知、東京、新潟、大阪をめぐるツアーを開催する。2人が切り拓くフラメンコギターの世界とはどのようなものなのだろうか。話を聞いた。


――お2人は父がフラメンコギター奏者、母親がフラメンコダンサーと、ある意味サラブレッドのようなご家庭だったそうですね。

健太郎 明確にはわからないくらい幼少の時、フラメンコが何なのかもわかっていなかったですけど、ライブなどには連れて行ってもらっていました。そういう舞台をみたり、家の中で練習しているところを聞いたりしていましたね。車の中でもずっとフラメンコのCDが流れていて、常に音楽が鳴っている家でした。

康次郎 下手なCD屋に行くよりも、家にあるCDやレコードのほうが多かったですから(笑)。

健太郎 中学生くらいになって、いわゆる流行の曲などを聴くこともありましたけど、フラメンコをカッコいいという気持ちはずっとありましたね。好きかどうか聞かれると…ちょっとよくわからないんですけど(笑)。

康次郎 そうなんだよね。今でも携帯にはフラメンコの音楽しか入っていないし。


――フラメンコという音楽が日常で、あたりまえのものという感覚なのかもしれないですね。レッスンも小さいときからみっちりとやってた?

康次郎 6歳くらいからだったかな?

健太郎 本当に基礎的な演奏をやって、うまく弾けたらシールがもらえる、みたいな感じで、シール欲しさにやってました。

康次郎 全然厳しくなかったんですよ。やりなさい!って言われたりもしなくて、やりたくなったらやりなさい、くらいの感じでね。だから、やらないんですよ(笑)。老人ホームや保育園など、何かイベントなどに出演させていただくときには集中して練習することはありましたが、普段は厳しく練習することもなかったですね。人前で演奏するのは気持ちよかったので、それでやっていたところはあります。


――音楽家として活躍されている方は、幼少のころから厳しくレッスンを受けていたようなイメージがあったので、少し意外な気がしました。

康次郎 最近になって聞いたんですけど、僕は少しでも難しいことをやらせようとすると「こんなの出来るか!」ってすぐ怒るから、ずっと簡単なことばかりやらせてたそうです(笑)。嫌にならないよう、楽しく弾いて欲しかったんだと思いますね。強いられるようなことはなかったです。「嫌だ」って言ったらやらなくてもよかったので。


――そこから、プロのフラメンコギター奏者になることを意識しはじめたのはいつごろでしたか?

健太郎 僕は中学を卒業するタイミングですね。周りのみんなは高校に進学して、海外に行くことにしたのは自分だけでしたから。高校で音楽をやろうと思って、ピアノやソルフェージュをやってはみたんですけど、何か違うと思ってやめちゃったんですよ。当時、音楽=フラメンコだと思っていたので、全然違うじゃん、ってなっちゃったんですよね。それで調べたら、スペインにフラメンコ専門の学校があることを知って。じゃあそこに行けば?って行くことを決めました。本場スペインですごく刺激を受けて、ここでやらないとヤバいな、と。そこから本気になりました。


――いわゆる音高などに進学ではなく、スペインに行こう、という気持ちになったのはなぜでしょうか?

健太郎 結局フラメンコって海外にしかないんですよ。日本でやるんだったら、他の音楽をやる、みたいな選択肢になっちゃう。選択肢としては、勉強を続けるか、フラメンコをやる=スペインに行くしかない、の2つ。それはその当時でもわかっていましたね。ほかに特技もなかったし、正直勉強も得意じゃなかったので…。そういう意味では、フラメンコに逃げたからには、そこでダメになったら終わり。崖っぷちだったので、必死にもなれました。

康次郎 僕の場合は、フラメンコは正直やりたいときだけやる、みたいな中途半端な感じでやっていたし、部活もけっこうやっていたんですよ。小学校の時はサッカー部、中学は卓球部でした。そしたら、ギターを弾く時間もないんです。卓球で推薦がもらえそうだったので、それで高校は行こうかと思っていたんですが、兄が中学を出てスペインに行き、1年で1度帰省してきたんですが、もう見違えるように上手になっていて…。僕が日本で高校に3年間行ったら 、その間に兄はスペインにいるわけだから、ものすごく差がつく。それがなんだか嫌で、悔しい感じがして、そこでスペインに行く選択肢が入ってきました。


――兄が見違えるほど上手くなって、火が付いた。

康次郎 とはいえ、僕はけっこう気にしがちなタイプで、兄弟2人ともスペインに行かせてもらえるのか、すごく恐る恐る聞いてみたんですよ。そしたら「ああ、いいよ」ってすごく軽い感じでした(笑)。でも、まだその時も全然本気ではなかったと思います。スペインで学校に行くようになって、本場の人を目の当たりにして弾けるようになってきてからですね。全然、下手だったんですよ。CDとかで聴くものは別物、くらいの感じだったのに、ワンフレーズが引けた瞬間、あのCDの曲も全部弾けるんだ!って思って、そこから片っ端からコピーして…すごく楽しくなりましたね。


――お2人ともスペインでしっかり学ばれて、スペインで講師をされるほどに腕を上げてこられたわけですが、スペインでの学びを振り返るとどういうものでしょうか。

健太郎 やっぱりスペインで生活をしていたこと、そのすべてですね。カルチャーショックですよ。話す言葉から、食事、文化など、すべてが違うじゃないですか。生き方ももう、フラメンコだなって感じる瞬間もあって、音楽としてフラメンコを知識として学ぶところもありましたが、生活の中にあふれている人としての生き方がすごく刺激になりました。こういう生き方をしているから、こういう曲が生まれたんだ、っていうのを実感できたことが大きいです。同じ知識が学べる学校が日本にあったとしても、違ったんじゃないかと思います。それに世界中から人が集まっていて、日本人もいましたし、アジア系、ヨーロッパ系などいろんな言葉が飛び交っていて。お弁当の時間とかたのしかったですね。

康次郎 とはいえ学校がすごいんですよ。世界唯一だと思います。フラメンコギター は踊り伴奏と歌伴奏、ギターソロがあるんですが、朝9時から4時間半、月曜から金曜までみっちりと時間割があるんですね。授業には歌の本場の人やギタープロが教えてくれて、踊り伴奏には自分のためにダンサーの方が踊ってくださる。毎日、朝にバスにのって、毎日毎日やっているなと思いながらも、やらなきゃ置いていかれちゃう。それを繰り返していたら、いつの間にか上手くなっていたんです。知識も増えていて、ライブに出る機会があっても、なんでコイツこんなに出来るんだ?って思われるんですけど、これは1年目の時にやったアレだ、あれは2年目のコレだ、ってどんどん知識が弾けていくんです。最初は、親から支援してもらって学費も払ってもらっているんだから、もう行きゃなきゃいけない、みたいな気持ちでただただ必死でしたけど、すごい環境だったんだな、と思います。


――現在は兄弟デュオとして活動されていますが、お2人の間にライバル心であったり、兄弟だからこそ分かり合えるような部分があったりするのでしょうか?

健太郎 兄弟でやっていて1番いいのは、昔から2人で場数をたくさん踏んでいるので、息の合い方が尋常じゃない。ほかの方でも、兄弟じゃなくても6歳くらいからずっと一緒に演奏していたら兄弟みたいな感じになるとは思います。でも、他人だとどうしても離れちゃったりすることがある。それを離れずに、ずっとここまで2人で続けてこれた。その積み重ねが他ではなかなかできないことじゃないかと思いますね。

康次郎 習っていた師匠も同じなのでそこはすごく合います。でも、ソロだと結構違うものがあるんですよね。兄弟なので、曲を作るときとかもお互いに気が済むまで言えるんですよ。言い合った結果、何もできずにその日が終わってしまうこともあるんですけど、結果的に満足いく曲がつくれるので、お互いの演奏を突き詰められるというのはほかの人とやるのはちょっと違うかもしれないですね。


――11月23日にはメジャーデビューアルバム「NEO FLAMENCO」がリリースされます。どのように聴いていただきたいアルバムになりましたか?

健太郎 フラメンコを聴いたことがない人が、まず入口としてご存じの曲がフラメンコにアレンジされるとこうなるんだ、みたいな……最初はそういう感じでいい。リズムとか音づかいとかカッコいいじゃんって思ってもらって、結果的にフラメンコを知っていただければと思っています。

康次郎 今回はけっこう、僕らの中ではすごい挑戦です。今まではあまり触れてこなかったものですし、急にクラシックやジャズをフラメンコにアレンジしなければならなくなって、僕らもすごく勉強になりました。ようやく新しい試みができたように思います。

康次郎 僕らのこれまでのカバーは、比較的簡単なメロディの童謡やアニメソングなどを、フラメンコの難しいリズムやテクニックに落とし込んで超絶技巧にしていくのが基本ルートでした。でも今回は、クラシックなどのすでに複雑で完成されたものや、音楽的に豊かなものをアレンジしたんです。これまでの基本ルートのアレンジができないので、これまでは避けていたんですよね。やっぱりあまり簡略化しないほうがいいと思いました。でも、フラメンコとして複雑になりすぎないようにもしたい。いろんな要素があって、本当に難しかったです。

健太郎 アルバムのコンセプトとしても大人なカバーアルバムにしようと話していたので、そもそもアニメや童謡、ポップスなども避けよう、となりました。それでクラシックやジャズ、ブラジル音楽、アルゼンチンタンゴなどをセレクトしました。それぞれに、音楽ジャンルとしてガチっと固まったものがあるのでそれを損なわないように。そこを簡略化してしまうと、なんだかチープになってしまうんですよ。やっぱり本場のフラメンコの人が聴いても、クラシックやそれぞれのジャンルが好きな人が聴いても素晴らしいと感じる作品を作らないといけない。それってスゴイことなので、普通に考えてプレッシャーは大きかったです。

康次郎 やっぱり当たり障りのないようにやると言うよりも、コイツらのアレンジのほうが好きって言われるようなアレンジにしないといけない。アレンジした意味、フラメンコにした意味を感じてほしいんです。今まで避けていたけれど、メジャーデビューという1枚目で、気合を入れるとしたらここしかない、と思いました。


――コンサートツアーもはじまりますが、どのようなステージにしたいですか?

康次郎 アルバムが発売されますので、やっぱり新しい我々を見ていただきたい。先ほども申し上げましたが、やっぱりフラメンコを聴いたことが無い人に聴いてほしいんですよ。僕らを知っている人たちにももちろん、新しい僕たちを知ってほしい。大きな目的として、いろいろな人のフラメンコの入り口になってほしいので、たくさんの方に聴いていただきたいと思っています。

健太郎 クラシックファンの方や、ホールコンサートがお好きな方がご存じの曲も取り入れているので、そちらの音楽ファンの方にも聴いていただきたいです。自信ある作品を作っているつもりです。それをどう感じていただけるのかはまだこれからなので、楽しみですね。




インタビュー・文/宮崎新之


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