半導体業界を中心に制御技術でモノづくりを支えている伸和コントロールズ株式会社が、創業60周年を迎える。それを記念するコンサートが、同社工場のある長野県伊那市で開催されることになった。どのような想いで、今回のコンサートを開催する運びとなったのか。出演するクレセール・アンサンブルの三宅依子(チェロ)と鈴木大介(ギター)、企画に携わった伸和コントロールズ株式会社の向山優樹の3人に話を聞いた。
――伸和コントロールズの創業60周年コンサートが開催されることになりました。どのような想いで今回の企画をされたんでしょうか?
向山 当社は長野県と長崎県に工場があります。その地元の方々に感謝の想いを伝えて、地域の人たちと一緒に今後もやっていきたい、そういう想いで、創業50周年のときにはじめてコンサートを開催しました。最初は、社員の手作りのようなコンサートでしたが、徐々に規模が大きくなり、たくさんのお客様をお招きしてきましたが、2020年の新型コロナウイルスの影響で2年ほど中止を余儀なくされました。
60周年を迎えた中で、コロナ禍の状況も徐々に変わってまいりましたし、記念事業の中で改めて何ができるかを考え、やはり音楽によって地域へのおもてなしの想いをもう一度表現しようということになりました。
――音楽が地域との懸け橋になっていたんですね。今回は、クレセール・アンサンブルが登場されますが、どのような経緯で演奏することになったんでしょうか?
三宅 さきほどのお話にありました創業50周年のときにお声がけいただき、その頃より長きに渡りお世話になっております。私は東京チェロアンサンブルというチェリスト10人のアンサンブルを主宰しておりますが、そちらにもご支援いただいております。クレセール・アンサンブルはコロナ禍の中で私が立ち上げたアンサンブルで、この度出演させていただけることになりました。
――クレセール・アンサンブルはどのようなアンサンブルなんでしょうか?
三宅 クレセールは、スペイン語で『伸びる』という意味なんです。コロナ禍の中、音楽家として何もできなくなってしまったときに、伸和コントロールズさんがお声かけくださり、CDアルバムを制作することになりました。そんなことを言っていただけるのであれば、とアンサンブルを立ち上げることにしました。伸和コントロールズさんの”伸”の文字をお借りして、クレセール・アンサンブルにしたんです。
鈴木 このコロナ期間中にCDを作り上げる予定だったんです。それで、スタジオの手配とか、チェックとかをして、時々ギターも弾いたりしまして(笑)
三宅 鈴木さんとはデュオのアルバムも一緒に作っているので、そちらと同時で進めていたんですよ。
――東京チェロアンサンブルはチェロだけの編成ですが、こちらはギター、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノと多彩な編成になっていますね
三宅 いろいろな楽器や人とのコラボレーションが大好き。個人的にもギターの鈴木さんとはコンサートやイベントでご一緒させていただいてます。いろいろな方々といろいろなジャンルの曲を楽しく演奏する、それを実現したいと思ってジャンルにとらわれないアンサンブルを作ることにしました。言ってしまえば、なんでもアリ。固定せず、その時に楽しく演奏できるようなアンサンブルになればと思っています。
――コロナ禍は演奏家にとって非常に苦しい状況です。音楽にできることを改めて考えるきっかけになったのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
三宅 そうですね。東日本大震災の時にも同じようなことを考えました。当時、私はオペラの本番中で、全員が避難して、しばらくは何も活動ができず、本当に何をすればいいのかわかりませんでした。コロナ禍があって、もっと強烈に何もできなくなったんですよね。もう音楽って何も意味がないんじゃないか…そう思っていた時に、伸和コントロールズさんにCDや動画制作のお声がけをいただいたんです。鈴木さんとも、ああだこうだと言いながら、1つの音楽を紡いでいって。私にとっては、すごく力になって、生きる希望を感じさせられました。楽器に向き合う意味が変わったように思います。音が出せていることは当たり前じゃない。コンサートを作っていく中でも、そう考えるようになりましたね。
鈴木 僕は意外とポジティブにとらえているところもあります。コロナ禍の前は、音楽が”集会”になっているところがあって、音楽そのものが何かということよりも、人が集まることが主目的になっていることもあったと思うんですね。イベント優先というか、知らない間にそういうものが出来上がってしまっていたんです。でも、コロナ禍は音楽をひとり一人のものにしちゃったから、最終的に自分の心の中に落とし込んで自分の体験になっていく。それをみんな思い出したような気がします。もちろん、隣で聴いている人との連帯感でハッピーになる要素も音楽にはありますし、集団のための音楽でもあります。でも、ひとり一人のものでもある、っていうはっきりとした目的を思い出せたことは、音楽がすごく浄化されたような感覚です。
――コロナ禍などを経て、音楽の感じ方に変化があったかもしれないですね
鈴木 みんなが自分にとっての音楽を大切にできるようになったんだと思います。ただ人数がたくさん集まって、ただ叫んでいるような状態には思うところがあったし、バンド仲間とか歌をやる仲間ももちろんいるんだけど、基本的にクラシック・ギターはひとりで弾いているものだから。音楽がひとり一人の記憶や体験とか思い出に密接に寄り添っていくものなんだと思うし、それを提供する側として、そういう部分を大切に受け止めて、真摯に向かっていきたいと改めて思いました。
三宅 鈴木さんがコロナ禍の中でおひとりでYouTubeで演奏されている動画を、結構毎日再生していたんですよ。自分の仕事がすべて飛び、でも鈴木さんが弾いていることにすごく勇気をもらいました。凝ったことをしようとか、何かアピールしようとかじゃなく、淡々と弾いていらっしゃる姿を、家のテレビで見ていたんですよね。
鈴木 拍手がないから「ジャン!」って終わればいい、みたいなこともなくなったから。音楽の根源的なところに光をあてられた感じではありました。動画や配信っていうのは新しい光の当て方をもたらしたけど、これだけテクノロジーが進化しても、まだ生の演奏をそのまま伝えられるものではない。スペックが追い付いていないんです。コンサートを取り戻していく中で、我々がコロナ禍で得たものをどうやって今後は活かしていくか、というプロセスになっているんだと思います。
――今回のコンサートには「未来に愛を」というサブタイトルがついています。これから先のビジョンをどのように描いていらっしゃいますか?
鈴木 コロナ禍を経験して、多様な音楽に接する機会を人々が選び取れる時代になってきていると思います。それは発信する側もそう。すごく小さい会場でも、すごく大きな場所でも、ケースバイケースでその場に向いたものを提供できる機会をもらえるかどうかなんですよね。そういう音楽の供給と需要が出来上がっていけば、災害などがあってコンサートがなくなったとしても、音楽家が自分の音楽が役に立たない、なんて思わなくて済むようになると思うんです。
三宅 私自身、音楽にどんな意味があるのかって考えていますが、じゃあ考える中で止めたのか、って言われると止めていないんです。自分で企画することも多々あり、まったく止めていませんでした。コロナ禍の中でもコンサートや音を求めていただく方もいらっしゃいましたし、自分を鼓舞するためにも、楽器をやっていることへの自分なりの責任を果たしたいと思っていました。自分には演奏ができるんだ、させていただけるんだということを、しっかり考えて活動しないといけないと思いますし、それをたくさんの周りの方に教えていただきました。聴いてくださる方々がいること、その方たちに大切な音楽の仲間とずっと演奏していくことを、未来に向けても続けていきたいと思いますね。
向山 60周年のスローガン「技術に夢を 未来に夢を」には、SDGsへの想いも込めています。
私たちは半導体業界に関わっていまして、これからの私たちの生活や、社会をより豊かにすることに貢献できる可能性のなかで活動することができていると思っています。ものづくり企業として、私たちに何ができるのかを考え、社会に貢献していきたいと思います。
鈴木 いろいろなデバイスのスペックは上がっていく一方ですし、すごく明るい未来を作っていただけるんじゃないかと思っています。
――未来に愛や希望を託す、素敵なコンサートになりそうですが、聴きどころなどを教えてください
鈴木 「ビートルズによる7つの歌(L.ブローウェル)」をはじめ、すごく美しいアレンジで親しみのあるメロディが演奏されるので、そこは楽しみにしていただきたいですね。
向山 個人的にはビートルズが入っていることはすごく楽しみです。実は、社長もビートルズが好きで、社内イベントで一緒にバンド演奏をすることもあります。仕事中、オフィスで音楽を流していたり、食堂にはグランドピアノもあったりと、音楽はいつも職場の中にある気がします。
――音楽が普段のコミュニケーションのひとつになっているんですね。三宅さんは今回のステージについてどのように考えていらっしゃいますか?
三宅 やっぱりちょっと楽しいコンサートにしたいという想いがありましたし、お子さんにもたくさん来ていただきたい。「ジャズレガート、プリンクプレンクプランク、ワルツを踊る猫(L.アンダーソン)」を選曲したのにはそういう意味もあって、身の回りに起こった出来事やびっくりしたことをアンダーソンさんが書いているんですね。それを弦楽五重奏で演奏するというところをお子さんも含めて楽しんでいただきたいなと思っています。大人が舞台の上で楽しんで演奏していたら、きっと子どもたちも楽しんでくれるんじゃないかなと思っています。
――いろいろな気持ちや驚きを音楽で表現できるということが体感できるコンサートになっているのかもしれませんね。当日を楽しみにしています!本日はありがとうございました
インタビュー・文/宮崎新之
伸和コントロールズ株式会社 創業60周年記念CONCERT -未来に愛を- 公演情報