クラシック

【インタビュー】アン・セット・シス(山中惇史、高橋優介)

【インタビュー】アン・セット・シス(山中惇史、高橋優介) ©TakafumiUeno
写真左:高橋優介 写真右:山中惇史

アン・セット・シス(山中惇史、高橋優介)

©TakafumiUeno


ピアノの鍵盤の数176を冠したピアノ・デュオ「アン・セット・シス」の山中惇史(写真右)、高橋優介(写真左)が、「アン・セット・シス Special Project」として、それぞれソロのリサイタルを浜離宮朝日ホールにて開催する。ピアニストとしてだけではなく、それぞれ作曲、編曲も手掛け、お互いの感性がピタリと一致していると語る2人だが、なぜこのタイミングでのソロリサイタルなのか。その胸中を語った。

 

――まず、このプログラムの聴きどころを教えてください

山中 いつもプログラミングをとても悩むのですが、今リサイタルをやるならば、これしかないと思える内容になったと思います。リサイタルの前にはレッスンを受けにパリに行きます。尊敬する師はもちろんのこと、街そのものもとても刺激的、そして感動的です。今回のリサイタルでは僕が学んだことやインスピレーションを感じてもらえたらと思います。

高橋 4月に176のミューザ川崎の公演でモーツァルトの作品を取り上げたのですが、彼の作品をもっと深く勉強したいと思い、選曲させて頂きました。ショパンは昔から大好きな作品であり、ラフマニノフの1番のソナタは学生の頃から憧れの作品です。本番当日までこの作品達と向き合えるのはとても楽しみです。

 

――プログラムについてはそれぞれどのような印象がありますか?

高橋 ラフマニノフについては、アン・セット・シスで交響曲第2番をいつか取り上げたいと思っているんですが、今回の「ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第1番 ニ短調 op.28」は、要所要所のモチーフが似ていたりするんですね。交響曲第2番をピアノに直すときにも参考になるかもしれないと考えたのが1つ目の理由です。あとは、シンプルに昔から好きな曲で、もしかしたら浜離宮朝日ホールという素晴らしい場所でソロリサイタルができるのは人生最後なのかもしれないから、今やるしかない!って思って選曲しました。この曲を選んだことで、モチベーションにもつながりましたね。
でも、自分が想像していたよりも10倍は、音を出す作業に苦労しています。めちゃくちゃ難しいんですよ。ピアノの音は減衰していくものなんですが、ラフマニノフはその減衰していく音をカバーするための音数が多いんですね。音数の多さで、減衰を感じさせないようにしているんです。聴こえ方としてはオーケストラのような音の印象なんですが、それは音数の多さも関係していて、しかもいつも違う音で出来ているんですよ。それを解いていくのに、今は苦労していますが、成長になると実感しています。

山中 僕は「ハイドン:ピアノ・ソナタ第35番 ハ長調 Hob. XVI:35」と「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調 op.13『悲愴』」を予定しているんですが、2人は師弟関係なんですよ。それで、この2曲は速度表記も同じで調もハ長調とハ短調になっているので、師弟関係としての対比が面白いんじゃないかと思っています。特にハイドンはずっと弾きたかった曲で、ベートーヴェンは一昨年くらいからちょくちょく本番で演奏していた曲ですが、やはり舞台で1回2回弾いただけではわからない部分もたくさんあります。今回、演奏することで何かを掴みたいですね。
ハイドンはこの曲に限らず、すごく性格がいい人だったんだろうなって感じるんですよね。曲の中で冗談みたいなことをやっていて、本当にお客さんを飽きさせない工夫がたくさんあるんです。ユーモアがたっぷりで、茶目っ気もあって、こういう曲を書いている人がネチネチした性格とは思えないんですよ。ベートーヴェンも聴いている人を驚かせようとか、新しいことをしようとする部分は感じられるんですけど、それはどちらかというと相手ありきのものではなくて、自分の世界に向かっていくような感じがしますね。そういうところは対照的だと感じています。

 

――ソロでの演奏とデュオでの演奏は、やはり感覚的に違いますか?

高橋 全然違いますね。やっぱりデュオでやるときは、自分だけの演奏じゃないから、ちょっと違う意識があります。

山中 デュオの方が絶対的に楽しいんですよ。音楽で会話ができるし、自分が何かしたことに反応してくれたり、協調してくれたりがあるんですよね。例えば、お笑い芸人さんでもピンとコンビがありますが、どちらかと言えば僕の場合はピンよりもコンビのほうがいいんですよ。

高橋 会話はあるよね。

山中 僕はピアノを始めたときから誰かと演奏するのがすごく多かったから、1人じゃないというのはすごく大きな要素ですね。ソロはさみしいです(笑)。でも、お互いの感性が似ているからいい、とも思ってはいないんですよ。

高橋 1年くらい前からずっと言っているんですけど、そこが僕たちの課題なんですよね。

山中 何もしないと、僕たちは“合ってしまう”んです。1+1が必ず2になってしまうんです。そこを超えないと。もちろん、1.5とかになってしまうよりいいんですけど、“合ってしまう”ことで、10になったり100になったりしにくいという危険性があるんですよね。

高橋 その1+1を2以上にしていくために、ソロリサイタルでステップアップしたいという気持ちはあります。めちゃくちゃいい勉強の機会をいただけたと思っていますね。

 

――ソロリサイタルをやることで、お互いの細かな感性の違いなどが見えてくるかもしれないですね

高橋 そこは期待しています。というのも今回、僕たちはショパンで同じ曲を1曲、あえて弾いてみようとしているんですよ。同じ曲をそれぞれで演奏するので、お客さまもきっと僕たちの性格の違いなんかを感じていただけるんじゃないかな。

山中 そんなこと、これまでやったことないもんね。

高橋 きっと演奏家の中には、同じ曲をやって聞き比べられるのが苦手だと感じる方もいらっしゃると思うんですけど、僕らはわりと肯定的に捉えていて、すごく面白そうだと思っていますね。

 

――このソロリサイタルが、お互いにステップアップの機会になりそうですね。ステップアップというと、山中さんは今年、パリ留学を予定されているそうですが、留学を決めた理由は?

山中 そうですね。このままだと、なんとなく自分のこの先の人生を想像できるような気がしてしまったんです。僕は本当に運が良くて、いろいろな場で演奏させていただいているし、曲も描いていて、このまま健康で一生懸命やっていれば、音楽の世界でやりたいことをやっていけるんじゃないか、と思ってしまったんですよね。継続という意味では素晴らしいことなんですけど、今から40歳、50歳、60歳を想像できるようになってしまって、そういう想像できる未来よりも想像もできない未来の方が楽しいんじゃないかと思ったんですよ。
僕は外国語もほぼできなくて、英語もフランス語も今やっているところなんです。外国人の友達は結構いるんですけど、みんな優しいから分かりやすい英語でしゃべってくれるし、日本語ができる人も多くて。でも、例えばイタリア人の友達が僕と話しているとき、日本人の僕の話を“外国の話”として、すごく刺激的なんだろうな、って感じるんですよ。日本語の発音やちょっとした文法のことに、いちいちすごく感動するんです。自分も、そういう刺激を受けたいと思っていたんですよね。音楽でももちろんですけど、いろいろな文化や言葉に触れて、刺激を得て、そうなったときの自分が何を感じて、そうなった時の自分の演奏の仕方はどうなるんだろう…そういう経験ができる場に、飛び込んでみたくなったんです。10年、20年のスパンで考えたときに、今とても快適な環境であることが益になるのか。自分にとって有益なことは何だろうか、と思ったときに、動き出すときは今なんだと感じました。
実は、2年前にも行こうと思っていたんですけど、コロナ禍で先生とお会いできなくなったんですよ。なので、やっと今、という感覚です。

 

――想像もできない未来を得るための留学なんですね。相方というべき存在が大きな挑戦をする姿は、高橋さんにも大きな刺激になるんじゃないですか?

高橋 そうですね。今の話を感動して聞いていました(笑)。やっぱり、1回行かないとわからないことってあると思うんですよね。僕もいつかは留学をしてみたい。ずっと言っているんですけどね。留学するならば、ドイツに行きたいんです。ドイツ人の方々の演奏がいいな、と思っているんですよね。以前、ある国際コンクールの楽譜めくりをやったことがあるんですけど、その時にドイツ人のピアニストの方の演奏が素晴らしくて。そういう音を学んでみたいという気持ちはずっとあります。いつのまにかもう28歳にですが(笑)

 

――学ぶタイミングはまだまだあると思いますよ! 最後に今回のソロリサイタルを楽しみにしていらっしゃるファンにメッセージをお願いします

高橋 あたりまえではあるんですけど、2台ピアノで演奏しているときと、ソロで演奏しているときで、僕自身がちょっと違うと思うので、そこをぜひ聴いていただきたいですね。それで、また2台で聴いていただくときに、あれがこれでこうなったのか、と体感していただけたらな、と思います。

山中 ピアノをコンサートホールで聴くという非日常を楽しんでいただきたい。僕たちは日ごろ、コンサートホールで演奏しているんですけど、日常のようでちょっと変な感覚もあって。あんなに音響のいいところで1人で出て行って、お客さんが僕だけを見て、僕の音楽だけを聴いてくれている。だからこそ緊張するんですけど、その特別な空間を味わっていただきたいです。ピアノの音しかない空間を楽しんでください。

 

――楽しみにしています。本日はありがとうございました!



インタビュー・文/宮崎新之


アン・セット・シス スペシャルプロジェクト「高橋優介 ピアノ・リサイタル」 公演情報

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