©Takafumi Ueno
日本コロムビアが放つ、新人アーティストを紹介する新コンサートシリーズ「セブン・スターズ」に、ギタリストの秋田勇魚が登場する。秋田は、昨秋にパリ留学から帰国し、本格的に演奏活動を開始したばかり。毎回クラシックギターの可能性を探っているこのコンサートで、今回はチェロの笹沼樹をゲストに招いてアンサンブルを届けていく。果たしてどのようなステージになるのか、秋田に話を聞いた。
――今回のコンサートは「L'atelier ISANA ―合縁奇縁―」というタイトルになっていますが、どのような企画なんでしょうか。
この「L’atelier ISANA(勇魚のアトリエ)」というコンサートは、クラシックギターの可能性を追求する企画で、これまで歌とヴァイオリンでやったり、光をテーマにしたプログラムを作ったりしてきました。3回目となる今回は、チェロと一緒に演奏をします。このコンサートは、ソロにこだわらず、アンサンブルとしての可能性、そしてコンサートの形としても新しい可能性をどうやって演出していくかということを考えているんです。光をテーマにした2回目は、キャンドルライトの光の中で演奏しました。実際に使ったのはLEDの明かりでしたが、非常に幻想的な演出ができ、お客様にもリラックスして聴いていただけたと思います。そういった、今までに無かったことに挑戦していくコンサートシリーズです。
――チェロをゲストに招いて演奏されるという形はどのように思いついたものだったんですか。
楽器がチェロであることはもちろんですが、奏者の笹沼樹さんと一緒に演奏することも、とても重要なポイントです。笹沼さんは日本コロムビアのOpus Oneレーベルからデビューしたときの同期で、お披露目コンサートのアンコールで初めて一緒に演奏しました。その時は、どうなるかわからないけれどとりあえずやってみようか、くらいの感じで合わせてみたら、これ好きかも!と意外な発見があったんです。ちゃんとコンサートにしたら絶対におもしろいなと思って、その後、笹沼さんのコンサートにゲスト出演させていただきました。ギターとチェロのためのオリジナルの作品はもちろん演奏しますし、今回はさらに発展させた形を目指していきたいですね。これまでは、別の楽器が演奏するものをアレンジしてお届けしていましたが、チェロとクラシックギターの音をもっと追求していきたいと思います。
©Taira Tairadate
――ギターとチェロの相性については、どのように感じていますか?
自分にとっては、すごく心地いい混ざり合いなんです。例えば、チェロとピアノとか、チェロとオーケストラとかだと、メロディと伴奏のように関係性が出来上がってしまっているんですね。ですが、チェロとギターの場合、チェロも伴奏に回ることができるし、もちろんギターも伴奏ができる。お互いに立場を変えながらメロディと伴奏を交互に演奏することができて、対等な立場なんです。まさに会話をしているような、アンサンブルの形として僕にとっては理想的なんですよね。投げかけたことに対してまるで楽しい会話のようにレスポンスがある感じがすごくワクワクする。なかなかほかの楽器とではできない感覚だと思います。もちろん、伴奏に集中する、メロディに集中するという演奏の表現方法もあるんですけど、ひとつのメロディに対して、ギターだったらこう弾く、チェロだったらこういうアプローチができる、みたいな楽器の多様性を感じられるんですよね。逆に、ギターにしか出せない、チェロにしか出せない表現もある。そこがすごくいいバランスなんですよ。お互いに持っていないものを出し切ることができるのが、このデュオの魅力だと思います。
――あまり見かけない組み合わせですが、実は非常に相性が良かったんですね。
そう、実はすごくいいんです。ギターでリズムをとっているところで、そこにメロディを入れるとなった時に、チェロだと弓を使ってすごく太い音で長い息でメロディを作ることができるんですね。それってギターじゃできないことは確かなんです。チェロは音の高さもよくて、ゆったりした音が自分の求めてるものなんだな、と思います。
――そもそも、ギターを始められたきっかけは?
ギターは6歳のころに習い始めました。祖父がギターをやっていた影響で、家にはずっと何かしら音楽が流れていました。ジャズがメインでしたね。思い返すと、オシャレな空間だったんだな、って思いますが、幼い僕にはなんだかよくわからなかったですね(笑)。当初は親からの習い事みたいな感じで、自分がやりたいというよりも、やらなきゃいけない、みたいな感覚が最初はありました。そこから結構しんどい時期が長いんですけど……気持ちが切り替わったのは、小学5年生くらいの時かな。コンクールに出て、全国大会で初めて入賞をしたんです。自分の演奏を認めてもらって、ほめてもらえることってすごく楽しいことなんだ、と思ったし、もっと上手くなりたい!って思えるきっかけになりました。自分での自己採点で100点は絶対に出ないんですが、それでも良い結果がついてくる。じゃあもっと頑張ったら、点数をあげられるんじゃないか?と思って、頑張ろうという気持ちが出てきましたね。その後、中学1年生の時にコンクールで優勝出来て、そこから更に大きく意識が変わりました。進んで自分から練習するようになりましたし、もっともっといい表現を求めるようになりましたね。
――ギターを追求する一方で、大学は音大ではなく慶應義塾大学に進学されましたね。
ギターを小さいころからやっていると、ギターを弾くのが当たり前。教室の周りの友達は音大に進んだり、留学したりする中で、僕の場合はあまり音大に進みたいという意識がなかったんです。親が音楽家とかではなく、ごく普通に会社勤めでしたし、音大ではない大学で、みんなと同じ感覚で物事を楽しみたい気持ちがありました。そのあたりのバランス感覚をすごく求めていた時期だったと思います。専門の大学で音楽を極めることも大事だと思うんですけど、ほかにも学びたいことがたくさんありましたから。僕は歴史が好きだったし、海外のことにも興味が出てきていて、いろいろなことが気になり始めていた。そういう広い視野を求めた結果でした。と言うより、今後もギターを弾き続ける感覚はあったけれど、ギタリストになるという感覚はありませんでした。
――大学卒業を控えたタイミングで休学し、ギターでパリへ留学されていますが、なぜそのタイミングだったんでしょうか。
3年生くらいになると就活が始まって、みんながリクルートスーツを着て面接に行ったりとか、書類を書いたりとかしているのを見ていて、なんでみんな同じことをするんだろう、と思ったんです。周りには魅力的な友達がたくさんいて、それぞれに好きなことがあったのに、急に一列に並んで用意ドン!みたいな感じがしてしまって。そこに自分が立とうとしたときに、自分はそういう就活に絶望してしまった。今まで自分は何をしてきたのか――と考えたら、やっぱり僕は音楽だったし、音楽と社会をどうつなぐかとか、音楽を通して他人と向き合うとか、いろいろなことについて音楽が間に入っていたことに気付きました。それに気づいたら、音楽をもっと深く知りたいと思い、そのためには音楽の本場に行こうと決心して、留学を決めました。
――パリでの経験はどのようなものでしたか?
僕が特別に興味があったのが、音楽に限らず絵画だったり、食文化だったり、映画だったり、芸術がトータルで一番集まっているのがパリだと思ったので、そこに身を置いて経験を積みたいと思いました。パリを拠点にしていろいろな国にも行きましたが、パリはヨーロッパの中でも大都会でしたし、世界中からいろいろな人材が集まってくる。そしていい芸術も集まってくる。学生はそれらをほぼタダで、すべて観ることができるんです。授業を受けるよりも何よりも、それが本当によかった。授業が終わってコンサートホールに行き、学割チケットでオペラを観たり、コンサートを聴いたり……。恥ずかしながら、日本では、オペラもバレエも観に行ったことがありませんでした。パリに住んでから毎週のように観に行くようになって、ハマりました。
――パリで触れた芸術のうち、印象に残っているものは?
「音楽」って音だけで捉えるとすごく抽象的です。それをどう判断するかは聴く側に委ねられているし、その音を聴いても感じ方は人によって変わってくるのです。絵画や映画のような視覚的な芸術は、マインドの部分は音楽と同じで、表現手段が違うという感じだったりするんですね。音楽で表現していることが、絵画で視覚的になると、別の手段で見えてくるわけです。それも、より具体的に。そういう作品が、美術館とかに膨大にあるんです。音楽だけで考えていたことが、より具体的な目に見える形で体感できるんですよ。例えば、オルセー美術館に行くと印象派を初め19世紀20世紀の作品がたくさんあります。自分はその時代に生まれていないですが、その時代の絵をたくさん見ることで当時の空気感や美意識のようなものが自然と自分の中に少しずつ積もり重なっていきます。頭の中に具体的な「絵」があることによって自分が表現する音楽もより明確になっていきます。
――1stアルバム「AQUARELLE」も”水彩画”という意味ですし、パリで受けた刺激や感性が作品に影響しているんでしょうね。
絵画は本当にたくさん観に行きました。特にモネなどの印象派の美術館はたくさんありますし、モネの庭にも足を運びました。実際に彼らがどういう景色を見て、何を表現したのか。それは、絵画で起きていることであっても、音楽であっても、見たもの聞いたものをどう表現するかという大まかな仕組みでしかない。パリはそういう体験が日常にゴロゴロしている街です。だからパリに住むべきだと思ったし、まだまだ、もっと刺激を得たいという気持ちですね。
――日本での今後の活動についてはどのように描いていらっしゃいますか?
ヨーロッパに行って感じたのは、音楽が音楽だけじゃないということ。コンサートホール以外の場所でコンサートがあったり、日常の中にすごく自然に音楽が溶け込んでいるんです。街角だったり、図書館の一角だったり……。ああいう距離感がすごく人生や生活の中に希望を与えてくれる音楽だと感じました。ギターって、それが気軽にできる楽器なんですよ!
――YouTubeでも、素晴らしい景色の場所などで気軽に演奏されている映像を投稿されていますが、ギターはそういうことができる楽器ということですね。
そうなんです。ギターはどこでも気軽に一人で演奏できる楽器。YouTubeはコロナ禍で人前で演奏することが難しくなったことがきっかけで始めました。家で弾いているだけでは気持ちが全く上がらないし、それだったら、外の景色のいいところで演奏しようと。旅先で美しい景色を見つけてそれを背景にして演奏したりもしています。今まで音楽が結びつかなかったような場所と音楽をつないでいけたらと思っています。でも、考えてみたら100年くらい前までは庭で弾いたりしていたことが当たり前にあった景色。音楽としてのオリジナルの体験に近い感覚を、動画を通して伝えていきたいです。いろんな人に音楽を聴いてほしいし、ふと耳に入ってきていいな、と思う感覚――その魅力をすごく大事にしたい。ギターだからこそできることを、もっともっと広めていきたいです。
©Takafumi Ueno
――今回はホールでのコンサートですが、どのようなステージにしたいですか。
ギターの音色に包まれるような感覚を、どんな場所であっても作っていきたいといつも思っています。今回の王子ホールでは、最先端の技術を使ったりとか、今までクラシックギターではやってこなかったことを、お客様に新しいクラシックギターの魅力として気付いていただきたい。そして、クラシックギターのことがもっと好きになってもらいたいです。「ギターの音って、なんかいいな」と思って、帰っていただきたいと思います。
インタビュー・文/宮崎新之