野外で火を起こして暖まるには、ちょっとしたコツがいる。
最初は乾いた樹皮や新聞紙など小さく切り分けたものに着火し、炎を絶やさないように丁寧にそれらを加えていく。
火を拡大するために、もう少し大きな枝などにそれを移す。燃やす材料の乗せ方も重要だ。そして、さらに太い枝をくべ、火力を強くする。炎が一段と大きく、全体に広がっていく。
その火を安定させるには、より大きな薪をくべる。木炭を投入することで、火力を一定に保つこともできる。
こういった手順をしっかりと踏むことで、火は大きくなり、そして安定する。
チェロ奏者の宮田大も、まったく同じように音楽を組み立てる。
この日、一曲目に弾かれた作品は、グラズノフの「吟遊詩人の歌」だった。宮田のチェロは、冒頭の叙情的な主題をすっと爽やかに奏で始めた。感情過多にならぬよう抑制も効いた、繊細な入り。
中間部を経て、最初の主題が帰って来たとき、それはより能弁で、表情豊かなものに変わっていた。彼ならではの歌謡性もぐっと香り立たせ。
最初の一音から美音を振りまき、歌を歌で満たすスタイルで通す奏者もいる。打ち上げ花火のように華やかで、一瞬だけ輝く美。
しかし、宮田のように曲の組み立てがうまい奏者は、一瞬だけでは終わらせない。火は燃え続け、時間を超えて、聴き手の心のなかへじわりと広がっていく。
1月8日、東京・紀尾井ホール。2020年12月から今年1月にかけ、宮田大は、3つのプログラムを携えての全国8箇所でのリサイタル・ツアーを行っていた。
この日は、ピアニストの福間洸太朗との共演。意外なことに、2人の実力派による共演はこの日が初めてだという。
管弦楽作品のチェロとピアノ編曲版も、宮田は果敢にリサイタルに組み入れる。これまでもガーシュインの「パリのアメリカ人」やファリャの「恋は魔術師」などを演奏してきた。
今回は、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」を編曲した「アラビアン・ウェーブ・ファンタジー」が初演された。山本清香が原曲のエキゾティックな旋律をそのまま生かし、全体で15分程度にまとめている。
原曲ではヴァイオリン独奏のシェヘラザードの主題が、チェロで朗々と奏でられる。最初からチェロのために書かれた旋律のように、まったく違和感がない滑らかさで。
クライマックスへの運びは、やはり丁寧だ。そして、その流れにふさわしい薪を丁重に受け渡していくような福間のピアノ。豊かな起伏が作られてゆく。
続いて、レスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲」が演奏される。
こちらも、弦楽合奏のために書かれた原曲を小林幸太郎がチェロとピアノのために編曲したもの。
飄々と、軽やかに奏でられるチェロ。透明感があり立体的に響くピアノ。原曲の元ネタであるルネサンスのリュート曲のテイストもふんだんに漂ってくる。
圧巻は、最後の第4曲パッサカリアだった。突如としてチェロは重音を響かせ、野太く歌う。その頂点で、炎が煌々と揺らめいた。
プログラム後半は、ラフマニノフのチェロ・ソナタ。福間の表現力が一段と冴え渡る。ラフマニノフは、彼の得意とする作曲家。これぞと確信した色彩をぐんと強調する。
この曲は、歌謡性にあふれ、情緒も豊か。ただ、その歌に導かれるままに演奏してしまうと、目鼻のハッキリせぬ、べったりと甘い音楽になりがちだ。
宮田の組み立ては、細やかで、じつに説得力に満ちていた。主題は明確に描き分けられ、同じ旋律でも提示部と再現部での変化を鮮明に示す。
だからこそ、この曲の歌が爛々と輝く。その情感が聴き手のなかにもずっと残り続ける。
ピアソラの「リベル・タンゴ」をアンコールに披露。色気をにじませたポルタメントと颯爽としたキレの良さが交代で表れるチェロ。そして、その濃厚極まりないアンサンブル。なんという贅沢なドルチェ。
ホールを後にして、すっかり冷え込んだ都心の空気を吸い込んだ。一都三県に非常事態宣言が発出されて最初の夜の空気だ。でも、心のなかでは、火はまだ燦然と燃え続ける。
文=鈴木淳史
宮田大・大萩康司 Travelogue公演ページはこちら