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【インタビュー】加古隆 ②

加古隆
© Yuji Hori

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【インタビュー】加古隆 ②

最近は、クァルテットや「映像の世紀コンサート」でのオーケストラと共演が多い印象ですが、今回久しぶりにピアノソロに立ち返るという…きっかけや心境などお聞かせください。


ピアノソロっていうのは、はっきりと自分で意識して始めたのが確か1982年ぐらいだったと思うんです。その頃から自分なりに、ピアノソロは僕のライフワークであると感じていて、僕にとって意志を通してやる仕事だと思っていたんです。ただここ数年はおっしゃるように「映像の世紀コンサート」ではオーケストラと、そして僕がここ10年ほど注力しているクァルテットでの活動と、そちらに席を譲る事が続いたんです。ピアノソロに関しては本当は毎年できれば本望だけど、そうもいかなくて、最近は3年くらい空いちゃったかなと思っていたら、実はもう5年ぶりだったっていう。これはもう最近まで気づきませんでした。

僕にとってピアノソロは、一生続けていこうと決めたことだから、何か特別な意味があって原点に立ち返ろうとか、そういうそういうことではなくて、本来やらなくちゃならないことが、ちょっと他の事の比重が大きくなって間が空いちゃってという、そういうのが事実ですね。



今回のコンサートのプログラムは、どういったイメージで決めていきましたか?


まずひとつは、久しぶりのピアノソロなので、ピアノでなければ弾けない、あるいはピアノで弾くのがベストであるという曲を選んでいます。特に『水の前奏曲』は取り上げる機会がほとんどなかったから今回はチャンスだと思って。全曲ではなく何曲か抜粋しますが、これだけあればしっかりと皆さんにプレゼンテーションできると考えて選んでいます。

その次に、今僕が何を弾きたいか、どの曲を弾きたいのか、っていうことを考えて選び出していきました。今これを取り上げてもう一度しっかり向き合ったら、僕はどんな弾き方するんだろうって僕自身が聴いてみたい、そういう気持ちを呼び起こしてくれるような曲ですね。

それだけではやっぱりダメで、僕のコンサートを楽しみに来てくださる方の多くは、やっぱり『パリは燃えているか』を毎回楽しみにしてくださっていて。この曲は僕のコンサートでは期待されているだろうし、僕の顔でもあるからプログラムに入れようと。そういういくつかの視点で構成しています。



少しアレンジを加えたりとか?


毎回のコンサートでどこかしら改訂していくような事が起こるんですけど、特にピアノソロの場合は、他の人に一切迷惑を掛けないからできるんですね(笑)。何年も経って演奏していく中で、「あっ、ここはカットした方がよりいいな」とか「ここに無駄な時間があるな」とか、演奏しながらいろんな事を感じたりしてそれを修正していく。クラシックの大作曲家の曲ではそんなことできないけど、僕は自分の曲ですから(笑)。

もちろんそれは慎重に考えますよ、その曲を作曲した当時はこう書いたんだから、それには意味があったはずだろうと。それを自分で熟考して比較してみて、「あっ、今の僕であればここはこうした方がいいかな」って判断していく感じですね。



常に新鮮な気持ちでご自身の曲や演奏に向き合って、発見を重ねていらっしゃるのですね。


新しい発見なんて、人が生きている限りあるんですよ。特に何か真剣に求めていれば、いつだってそうだと思います。僕は常に新鮮な気持ちでピアノを弾くことができるんですね。新鮮な気持ちで弾けなければ、聴いている方に新鮮な音・音楽として伝わっていかないから。

当たり前のような意識で弾いて出てくる音と、本当に生まれて初めて出すような意識で大切に出す音と…音が生まれるときの新鮮さ、集中力や感動っていうものは、何度弾いても変わる訳がないし、変わってはいけないものだと思います。



フランスでの思いがけないソロ・デビューから40年。ピアノと向き合ってきた中で、逆に変わったことはありますか?例えば心境の変化といったような。


もしひとつ挙げるなら…最近こうやって人と話したり文章を考えたり、一番は演奏する時がそうなんですけどね、自分のイメージっていうのがあってそれをきちっと実現しなきゃダメなんだけど、それを「今ここにいるあなたに届けるんだ」「伝えるんだ」っていう気持ち、それも力ずくではなくて、本当に空気が流れているように自然に伝えていきたい、そういう気分で弾くようになりましたね。これは昔はなかった想いです。

例えば、昔の僕だったらコンサート後の会話で、聴きに来てくださって感動している方に「あそこがダメだった…」って言っていたような気がするんですね。でも、今の僕の気持ちの在り方だと、その方がすごく良かったと思って感想を伝えてくれているときに、その人が楽しんだ時間に対して、そういう解説をする必要はないなっていう。「あそこがダメだった…」とか、そんなことは一人で考えればいいことでね、それを人に押し付ける必要なんて何もない。そう、「独りよがりにならない」っていうことなんです。その人の気持ちをちゃんと受け取って感じつつ、自分がやったことは自分が分かっている訳だから、それをきちんと後で修正すればいい話で。

とにかく今は、ゆっくりこうやって語りかけるように音楽を伝えたいなって、これはちょっと変わってきたことだね。一つ一つのフレーズをきちっと丁寧に伝える、今はそれを優しく伝えたい、難しい言葉ではなくて、気持ちを込めてということなんです。



相手の心にも触れますからね、音楽って。


そう、心に触れなかったら音楽の意味なんてないんですよ。作曲家としてあるいは演奏家として、もちろん自分と向き合うってこと、それをきちんと表現しつつ、やっぱりコンサートっていうのは特別な空間ですからね、そこでみなさんと美しい目でお互いが語り合えて…なんていうのが一番いいですね。



北海道トマムの「水の教会」(安藤忠雄氏が設計)に想を得て書かれた前奏曲集『水の前奏曲』を、現地で演奏する加古さん。



加古さんは様々なことにチャレンジされている印象ですが、今後チャレンジしてみたいことなどありますか?


『水の前奏曲』もそうなんだけど、そういう出会いって偶然のように立ち現れてくるんですよ。でもそれって実は偶然なんかではなくて、「なぜ僕はそこで惹かれたりしたのかな」って考えてみると、何年か前にあるちょっとしたことに触れたからそれが残っていて、何年後かにまた再会して、普通だったら素通りするところを、そこで色んな要素が合わさってひとつになって…、そういうことっていくつかあるんです。

『KENNJI』なんて本当にそうなんですよ。僕は賢治の童話を中心に読んでいて、素敵な人だなっていう気持ちは元々あったんです。実際に賢治の故郷である岩手県花巻市に行ったことがあって、雪がまだ残っている新花巻駅に着いて、コンサートの主催者の方にそのまま宮澤賢治記念館に連れて行ってもらったのが、それはもう素晴らしい思い出でね。

でも一番印象深かったのは、その日のコンサートの打ち上げで、高校生から年配の方までみんな笑顔でワーって話している中で、ふと賢治のテーマになったら、みんなの目の色が突然変わるんです、輝きが全然違うんですよ。キラーっとみんないい目をしたんですよ。それが僕にはとても印象に残っていて。

それから何年後かに、「宮澤賢治をテーマにしたアルバムを作ってみませんか?」って声を掛けていただいて、僕はもしあの花巻市での出会いや記憶がなかったらお断りしていたと思う。「え、文字と音楽ってどうやって結び付けたらいいか分からない」って。僕は言葉から音楽を作る方ではなかったし、割と感覚的な方だったから。でもね、あの時のみんなの目のきらめき、あれが印象としてすごく残っていたので、ちょっと面白いかもしれないなって思ったの。だからそういうふうに、いろんなところで繋がっているんですよね。



素敵な出会いですね。そういうお話を聞くと、まだまだ何が起こるか分からないなって楽しみになります。


そうやって何かの出会いやきっかけによって、また新しい何かに出会える。だから僕自身とても楽しみにしているんです、次はどんなチャレンジをするんだろうって。考えている事はもちろんありますけどね、楽しみにしていてください。



「加古隆の音楽」の今は、本当に今しか聴けない。加古さんが大切にしているピアノ・ソロというライフワークを通じて、その音・音楽の今を聴きにいかなければ、そんな想いに駆り立てられた。



インタビュー・文/ローソンチケット


プロフィール
加古隆〔作曲家・ピアニスト〕
※名前「隆」は旧字体、生の上に一が入ります。

東京藝術大学・大学院作曲研究室修了後、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院に進み、オリヴィエ・メシアンに師事。現代音楽の勉学途上、1973年のパリでフリージャズ・ピアニストとしてデビューするというユニークな経歴を持つ。76年に最高位の成績で音楽院を卒業。

帰国後はオーケストラや様々な分野の作品、映画音楽、ドキュメント映像の作曲も数多い。代表作にパウル・クレーの絵の印象から作曲したピアノ組曲「クレー」や、NHKスペシャル「映像の世紀」「新・映像の世紀」のテーマ曲「パリは燃えているか」などがあり、ピアニストとしての音色の美しさから「ピアノの詩人」とも評される。

映画音楽での受賞は、1998年モントリオール世界映画祭のグランプリ作品、マリオン・ハンセル監督「The Quarry」の音楽で最優秀芸術貢献賞。国内作品では、毎日映画コンクールの音楽賞(小泉堯史監督「阿弥陀堂だより」「博士の愛した数式」)。日本アカデミー賞優秀音楽賞(杉田成道監督「最後の忠臣蔵」、小泉堯史監督「阿弥陀堂だより」「蜩ノ記」)。日本映画批評家大賞の映画音楽賞(平山秀幸監督「エヴェレスト~神々の山嶺」)。2018年公開の映画「散り椿」(木村大作監督)の音楽を担当。

2016年度(第68回)日本放送協会 放送文化賞を受賞。

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