クラシック
鈴木優人 チェンバロ・リサイタル
チケット情報
曲目・演目
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ:
≪ゴルトベルク変奏曲≫(クラヴィーア練習曲集 第4巻)BWV 988
プレリュード、フーガとアレグロ 変ホ長調 BWV 998
カプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」変ロ長調 BWV 992
使用楽器:フレンチハープシコード
ヴィレム・クルスベルヘン製作(ユトレヒト、1987年)
〔クシェ・モデル、2段鍵盤:8'8'4'〕
公演に寄せて
バッハの333歳をゴルトベルク変奏曲で祝う喜び
ちょうど10年前にランチタイムコンサートでデビューして以来、思い出の詰まったトッパンホールで久しぶりにチェンバロ・リサイタルを開く運びとなりました。これだけでも嬉しくて仕方ありません。しかも他でもない3月21日──ヨハン・ゼバスティアン・バッハの誕生日に!チェンバロがとりわけ美しく響くこの空間で、音楽に満たされる時間が楽しみでなりません。
2018年、バッハがもし生きていたら333歳の誕生日を迎えます。神の数字である「3」が3つ並んだこのアニヴァーサリーは、きっと天国のバッハにとっても感慨深いことでしょう。この佳き日に演奏する曲は何がふさわしいでしょうか?
それは間違いなくゴルトベルク変奏曲なのです。そう言い切れる理由は、この作品にバッハが隠した驚くべきピラミッドの構造にあります。それを少しご紹介しましょう。
シンプルにして深い美しさを湛えるテーマに続いて演奏される30の変奏曲のうち、「3」の倍数にあたる変奏曲、つまり第3変奏・第6変奏・第9変奏…はとりわけ特別な変奏曲として──あの「しずかな湖畔の森のかげから」でおなじみの──輪唱、つまりカノンで書かれているのです。第3変奏は普通の輪唱ですが、第6変奏では追いかけるメロディが2度上から始まります。そして第9変奏では3度上から、第12変奏では4度上から…と、カノン変奏曲が訪れるたび追いかける旋律がどんどん上がって行くのです。常人の技法ではありません。そうしてそのカノンによるピラミッドが極まるのが第27変奏「9度のカノン」です。27はまさに「3の3乗」、そして9は「3×3」、数の神秘を愛するバッハならではのこだわりです。ちなみに第30変奏は?というと「10度のカノン」になるのではなく、当時のいくつかの民謡を4つの声部がなんと同時に奏でる「クオドリベット」──まさに完璧なユーモアです。
そうして30の変奏を弾き終えたのち再び帰ってくるテーマは、一音たりともはじめと変わらないのですが、このピラミッド構造を経験した聴き手にとってはまったく異次元の高みに感じられます。この不思議な体験こそ、この作品の魔力ではないでしょうか。
バッハの弟子ゴルトベルクが、不眠症のカイザーリンク伯爵のために弾いたという伝説で知られるこの作品。その精緻な書法のあまり、弾いている方は眠るどころかどんどん目覚めてしまいます。そしてバッハの身体はもうこの地上にいなくとも、彼の音楽が300年以上ものあいだ生き続け、我々の心がそれによって目覚めさせられることを痛感させてくれるのです。
鈴木優人