独特の作風で絶大な人気を誇る少女漫画家、大島弓子の自伝的エッセイ漫画『グーグーだって猫である』。その映画化は、犬童一心脚本・監督、小泉今日子主演という満願のタッグで実現した。観ているうちに現実とファンタジーの境界線が曖昧に溶け込んでいく、なんとも味わい深い世界観−新感覚の驚き満載な仕上がりとなった本作への想いを、少女の頃から大島ファンだったという小泉に聞いた。
今の私の想像力や言葉に影響を与えた一番好きな人
●大島漫画の大ファンだそうですね。
それこそ大島さんの物語を読んで育ちました。普通の少女漫画では主役にならないような人たちが主人公で、例えば、映画にも出てくるどんどん歳を取る女の子とか、現実と幻想が行き来する世界観が大好き。今の私の想像力や言葉にもの凄い影響を与えた人です。この映画で恩返しができたかどうか…。
先日の手塚治虫賞の授賞式では大島さんの代わりに登壇し、役に立てた!とうれしかったですね。
●憧れる人の役作りは大変でしたか?
大島さんの物語は私にとって凄く大事だから、物語の役を演じるのは違うなってずっと思っていました。でもこれはご自身の現実でしょう? それならやってみたいと思って。ただ、大島弓子自伝をやっている意識はなかったですね。麻子さんという1人の女性がそこにいただけ。演じるというより“生きて”いました。
猫との会話も、死神との出会いも自分自身の体験だった気がします
●麻子さんを“生きた”ことで、小泉さんが映画にもらったギフトとは?
そうだな…。心の中に共通する部分が凄くあって、かなり重なって、1人じゃない気がずっとしていました。“やっぱりあなたもそう思うよね”と役と対話する、それはちょっと面白い体験でしたね。夢も叶っているんですよ。私も猫を飼っているけど、一緒に暮らすと話してみたいと思うじゃない?
それが映画の中でできたから… 。“ずっと話がしたかった”ってセリフは私自身の言葉だった。うれしくて、泣くのを我慢しながら撮影したんです。
●猫にも人にもベタベタしない麻子さん、その佇まいには癒されました。
基本的に“孤独って当たり前じゃん”とあって、だからこそ何かと過ごす時間が愛しいし、だからグーグーにいてほしいんですよね。私自身にもそんな考え方があります。死神に会うシーン、あれも自分の体験だったと感じる。“死”に子どもの頃から興味があり、憧れに近いスイートさを感じていた。私も40歳を過ぎ、そうは言っても確実に死は近づいていて、“生きる”ほうに興味が出てきたんです。麻子さんもサバと死に別れ、グーグーという新しい命に出会い、自分の病気にも直面し、“生きる”ことに初めてちゃんと向き合うのかなって。
●淡い恋はじれったかったです(笑)。
でもどんな40歳の女性も絶対そうだと思うよ(笑)。歳を取れば取るほど実は恋愛にはピュアになってく気がする。恋愛とは違う惹かれ合い方もあるんだって、それが見えたらいいねって、加瀬(亮)くんともよく話してました。
●猫との共演はいかがでしたか?
私たち人間は偶然が起きることを待つしかない、だから全カットが奇跡なんです。おっとりした人たちが多かったから、苦労は感じなかったかな。
●では最後に、この映画に読者をお誘いください。
私自身5〜6回泣きました。吉祥寺の町が映るだけでヤバイし、(上野)樹里ちゃんたちが麻子さんを励まして踊るところも… 。泣いても恥ずかしくない人と一緒にぜひ。“素直になっちゃえ!”って感じで(笑)。不思議な世界観だけど、最後にはスゥーッと着地できる映画です。吉祥寺から宇宙にまでぶわーっと広がるだけ広がった世界が、すとん、と着地する場所は、“結局、みんな生きるのだ”ってことかな。バカボンのパパみたいな言い方ね(笑)
インタビュー・文●丸古玲子 撮影●柴田ひろあき
スタイリング●猪上佳恵(es-quisse) ヘア&メイク●柳澤宏明(eightpeace)