’06年春、EXILEという大きな翼の元を離れ、清木場俊介が1人のシンガーとして再スタートを切ってから約2年が過ぎた。悩み、苦しみ、そして喜び、楽しみを繰り返し、彼が到達した至福の場所
――それは、誰にも譲れない「ステージ」という自分だけの場所だった。
ライヴをやって、ファンの人と触れあえたことが一番、あとは楽しむだけです。
●本格的にソロになってから、早いものでもうすぐ2年になりますね。
「この2年は無茶苦茶に走り続けてきたので、正直に言うと、ガムシャラすぎてあんまり覚えてないというか。いつデビューしたのかも覚えてないし(笑)。ただ、ソロになって最初のころは、伝えることもまったく違うし、難しいなというのが本音だったんですけど。今はものすごくリラックスしてやらせてもらってます」
●そういう気持ちになれた理由は?
「ライヴをやって、ファンの人と触れあえたことが一番ですね。ソロの最初のころは、やりたくても現実的に無理だったり、自分がやりたいこととファンの人が求めてるものがかみあってなかったり、というのが大きかったんでやっと1〜2年たって、みんなブレずにできるようになったので、あとは楽しむだけですね。昨日より今日のほうが、ものすごく幸せだし」
●やっと土台作りが終わったと。
「そうですね。でも速かった気もします。あっという間だった。2年もかかった、というよりは、2年でこういう幸せな状況に立てたので。やさぐれてねじれる前に、またこういう気持ちになれてよかったと思います(笑)」
●ということは、この2年の間にはかなりしんどい時期もあった?
「そうですね、EXILEをやめた当時は。わかってはいたんですけど、あまりにも状況が変わったので。そこでEXILEのデカさを感じたし、守られていたことにも気付いたんですけど、じゃあもう一度それを自分で築いていこうと。……あと、昔は、物事に感謝することがあんまりできなかったんです。感謝する暇もなく、仕事に追われていたので。頑張ってはいたんだけど、自分の歌の技術の面で頑張るばかりで、人として頑張ってなかった。たとえば、アリーナ・クラスの会場で歌えるありがたさとか、ファンと接するありがたさとか、当時は気付いてなかったですからね。でも今は、2年やって、みんなで一緒に上がってる感じがあるから、それをすごく大事にしたい。すごく自分は恵まれてると思います、周りに。……こんなことを言うのも恥ずかしかったですからね、前は」
何でも歌えるし、何でもチャレンジしていきたい。枠を狭めるには早すぎる。
●音楽的にはどうですか? やりたいことは着々とできている?
「そうですね。ジャンル的にはロックなんだろうけど、そこも気にせずできてるし。自分の生き方がまっすぐであれば、何の音楽でも清木場俊介になるだろうなと思うので。そこはこだわらず、まだ見えてないものを探ってる感じですね。ロックも歌えるし、今でもR&Bを歌えと言われれば歌えるし、何でも歌えるよっていう感じですね。何でもチャレンジしていきたい。枠を狭めるのはまだ早すぎると思うし、それはもっとオッサンになってからでいいかな。まあ、もう今もオッサンですけど(笑)」
●最近は一発録りが多いと聞きました。
「もともと一発録りが好きなので。何回録っても、結局最初のものがものすごくリアルだったりして、特にロックはそうだと思うんですよ。バンドで"せーの"でやるんですけど、真剣勝負ですね。それも今のバンドだからできることで」
●「SAKURA」もそうですよね。
「"SAKURA"は、アタマからケツまで全部一発録りです。PV(プロモーションビデオ)を撮るためにスタジオの中にカメラを10台置かれて。リアルに考えるわけですよ、"これ、いくらかかってるんだ?"って(笑)」
●あはは。そんなこと気にしなくても。
「いや本当に。もし一発で録れなかったら、すごいカッコ悪いPVじゃないですか。張り合わせて、ごまかして。でも一発で録れたら、無茶苦茶カッコいいじゃないですか。やりますよ!って言って、それで録れたんで、ものすごく安心しました(笑)。内心は」
●ライヴはどうですか。ソロでやった中で一番思い出深いものというと?
「’06年のライヴハウス・ツアーで、山口とか鹿児島とかは200〜300人入るところでやったんですけど、お客さんが目の前なんですよ。もう勝負でしたね。これをクリアできたらすごいことになると思ったし、それが印象に残ってます。ファンの人もマジだし、絶対目をそらさないし、怖いくらいで。すごく楽しかったし、すごい修業でした。あと、’07年のツアーからいきなり男が増えてきて、ガヤガヤ言ってますよ、そのへんで(笑)。最初のころは9割以上が女性だったんですけど、今は7対3ぐらいになってる。理想は6対4なんですけどね。まあぜいたくは言えないですけどね、来てくれるだけでありがたいんで。でも、もっと男の人には来てもらいたいです」
ホールをライヴハウスにする方向性が見えた。お客さんを巻き込んでしまえばいい。
●3月から始まる今年のツアーは、初のホール・ツアーですね。
「ライヴハウスとホールを両方やってみれば、どっちが合ってるかがわかるかなと思って。あと、ライヴハウスはいつもギュウギュウでお客さんがかわいそうなので、座れるホールもいいなというのもあります」
●イメージはできてますか?
「’07年のツアー最終日が、山口市民会館だったんですよ。2日間。初日はあからさまに違いましたね。ホールって、お客さんがノッてないように感じちゃうんですよ。でもあとでバンドのメンバーに聞いたら、"ホールでこんな盛り上がったのは見たことない"って。じゃあ2日目はもっと自信を持ってやってみようと思ったら、お客さんも僕ももう1つステップアップできた。"ホールをライヴハウスにする"という方向性が見えましたね。お客さんを巻き込んじゃえばいいんだって」
●そしてツアー最終日は日本武道館。
「ついに、ですね。EXILEをやめる時に目標を立てて、"絶対に1人で武道館に立ってやる"と思ったんです。30歳までに。本当は27歳までに立ちたかったんですけど」
●それはなぜ?
「矢沢永吉さんが27歳で立ってるから。日本のロックで初めて武道館に立った人だから、自分もそうありたいという勝手な思い入れがあって。1年遅れだけど、ソロになって2年で武道館に立ててすごくうれしいです。それも自分だけじゃなくて、ずっと一緒にツアーを回ってきたスタッフと、来てくれたファンの人と、一緒に立ちたいと思ってます。……でもこれをやっちゃうと、このあとの目標がないんですよ(笑)。まあ、終わるころには次の目標ができてると思うんですけど、しばらくは浸るでしょうね。やったぜ!?って。今までそういうことがなかったので、やっと一区切りかなと思います」
インタビュー・文/宮本英夫
長渕剛 [’07年12月] 代々木国立競技場第一体育館
小学生のころから大好きなんですけど、あえてライヴに行かなかったんです。
初めて見て……震えましたね。純粋にすごかった。
この先、あれを超えるものはないぐらい衝撃的でした。
矢沢永吉 [’06年11月] 名古屋レインボーホール(現・日本ガイシホール)
あまりにすごくて、帰りに急性胃腸炎になっちゃいました(笑)。
57歳ですよ? マイクのコードがついたまま走り出して、ガン!ってひっくり返った。
その本気に感動しました。
浜田省吾 [’07年11月] よこすか芸術劇場
中学生の時に聴いてたんで、すごい緊張しました。
終演後に楽屋で話をさせてもらったんですけど、オーラがすごかった。
こんなふうにずっと音楽をやれたら幸せだなと思いました。