 |
 |
|
 |
| |
|
●まずは、ソロ・プロジェクト第1弾を主導する意気込みを。
「自分の手の中にある音楽で、歌手としてやっていくんだっていう確信がなかったし、その期間なんて全然わかりませんでした。ただ、人間っていつどうなるかわからないから、日々やれることをやっていこうという感じで、恐怖はなかったですよ」
●では、続けてこられた要因は何にあると感じていらっしゃいますか?
「それはお客さんですよ。聴いてくれる人がおったんです。英語の歌で歌詞をカッチリ歌ってるわけでもないのに、それでみんなが涙したり笑ったりするっていうのは、みなさんにそういう感性が素晴らしくあるということ。時代と私とお客さんとが、三位合体できたんだなと思います」
●辛かったことはありましたか?
「言葉をちゃんと選らばなアカンのは辛いね。地震があった場所に行った時、どうやったらみなさんに区別なくお見舞いが言えるか、とか。どこまでがユーモアでどこからがシリアスかっていうのは、人によってそのセンスとヒューマニティは千差万別だから、その中で言葉を掛けるのは難しいですね。でもそのぐらいで、そんなに辛いことはなかったですね」
●それでは、綾戸さんにとってジャズの魅力とは?
「とにかく歌っていて楽しい! ましてやフロントでしょ? 何回コーラスをやるとかって決めてないでしょ? 私が歌い終わらん限り、バンドの人らはずっと弾いてなアカンから、あれは楽しいですね〜(笑)。あと、自分が歌ったフレーズがオブリガート(メロディを引き立てる副旋律)で返ってきたりとか。譜面をきっちりやるんじゃなく、そういう自由性があることはジャズの醍醐味ですね」
●この10年間で、ライヴを重ねるうちに変化したことはありましたか?
「歌は歌、メイクはメイクの役割があって、その専門ジャンルの人間をリスぺクトすることは、大がかりなステージをするようになって覚えました。照明さんには“この服はどう?光る?木綿がいいのサテンがいいの?”って全部聞きます。照明の色とかは見る人が判断するものだから」
●そういう意味で、“歌”はご自身の専門ジャンルということですよね。
「そうですね。ステージでのお客さんへのアプローチは私しかできませんからね。他人任せにしたらイカンところは絶対あると。だから私は、コンサートが終わった後の最後のしゃべりも全部自分でやります」
●えっ!?終演後のアナウンスを自らされているんですか?
「やっぱり最後のシメは私が言うべきやなと。“ありがとう、みなさ〜ん!CDは玄関のところで売ってるよー。どう?あなたは持ってる?あなたは持っていても近所の人は持ってない。お土産に(どうぞ)〜!”とかって言って(笑)。毎回やるんですよね」
|
|
|
 |
 |
 |
 |
| |
|
●今回の10周年記念ツアーは公演数が100本を超えるわけですが、これは初めてのことではないんですよね。
「3周年、5周年…って数字が変わってきてるだけで、ずっとやってるんですよ。だからこれが普通やと思ってた(笑)。で、やっぱり人間が生きてる中での“ヤマ”みたいなもので、例えば“七五三”っていう名前をつけて千歳飴を持たしてくれてるだけのことで。それは10周年も同じです」
●10周年=1つの節目という点では、何か特別な趣向は考えていますか?
「“アニバーサリー”ってつくだけに、ちょっとモノがグレードアップすると思うんですよ。例えば、ステージの装備がちょっと増えたり、私のブラウスのフリルがいつもより多めに付いたり(笑)。そのぐらいで、本人の歌はなんら変わりなく、お客さんの顔を見ながら心を込めてやります」
●やはり、ステージングに関してはスタッフを信頼して任せていると。
「舞台監督とかの専門ジャンルの人たちの意見については、もう全部OK! 相当キツイことがあれば別ですけど。中には“こんな場所、怖くてよう立って歌えんわ”っていうもありますよ。そういう怖さ以外のものはなんでもチャレンジします。5周年の時には、セリが上がって、バーン!って飛び出すやつとかもやったし」
●では改めて、ツアーへの意気込みがあればお聞かせいただけますか?
「たぶんお客さんのほうが意気込んでると思いますよ(笑)。×周年、っていう節目の時って、お客さんを見るといつもよりいいものを着てる(笑)。着物とかドレスとかがやっぱりちょっと増えるのね。チケットの柄が変わると服の柄も変わるもんやな〜と思って。そっから自分の歌が変わってくる。だから相互関係なんですよ。お客さんは宝ですね。お客さんが10周年ということで期待してくれて、私はそれにノセられるだけです」
●なんと言っても、お客さんあってのコンサートということですね。
「“お客様は神様です”っていう三波春夫さんの言葉を実感してます。客席が詰まって私も身が詰まるんですね。みなさんがいないと私もカラッポ。みなさんの熱気で私も舞い上がります!」
|
|
|
 |
 |
 |
 |

| アヤドチエ●大阪府出身。3歳からピアノを習い、小学生でジャズに興味を持つ。高校卒業後は神戸とロサンゼルスを行き来する中、ジャズクラブで演奏。1984年にNYに渡り、88年にゴズペルクワイアに参加。91年に帰国し、98年に6月にアルバム「FOR ALL WE KNOW」でデビュー。2003年には紅白歌合戦への出場を果たした。 |
|
 |
 |
|
 |
 |